オボロアカツキ。

ウキイヨ

第1話 夢は覚めるもの

夢は、覚めるもの。

この世界は、不平等で理不尽である。

そう思い始めたのは、中学生の頃。

初めて出来た夢。

バスケットの世界に憧れ、必死で取り組んだ部活動に、

生まれて初めて劣等感を覚えた。

そして僕は、夢を叶える才能はないものだと痛感した。


その後も何かに憧れては、挫折を繰り返し。

夢を見ては諦め。夢を叶えようとすれば現実が立ちはだかる。

学生の頃の記憶なんて、何処かに忘れてきてしまった。


いつの間にか僕の中で、その#言葉__・__#を聞くたけで

嫌気がさす様になっていた。

僕の人生など、所詮凡人と同じ。


そうこうしている内に、いつの間にか月日は、流れ過ぎ去っていった。

社会に出ても自分の発言を控え、出来る限り目立たない様に生きてきた。

強い者。即ち立場が自分よりも上の存在が、

白と言えば例えそれが黒でも、白として生きてきた。

欲を持てば必ず痛い目に合う。

これが世の中と言う物だ。生きていく為の最低限のものだけ揃えればいい。

そうすれば上手く生きていける。

夢なんて言葉程、叶わないものだと決めてつけて生きてきた。


あの日が来るまでは、#そう__・__#だと思っていた。


「1ヵ月以内に、夢を2つ叶えてください」

脳裏にその言葉が蘇った。


2日前の夕日が妙に綺麗に感じた

いつもの様に仕事を終え、真っ直ぐ家に帰ったあの日。

僕の家は、年期の入ったアパートで、家賃も然程高くなく、

家に寝に帰るには、申し分ないアパートだ。

ただこの日は、初めてこの場所に住んで嫌気を感じた。

自宅に着くなり、いつもと違う事に気づいたのは、

日頃電気の付いていないお隣さんの部屋に、明かりがついている。

家主さん曰く相当の変わり者らしく、1ヵ月前に僕の部屋の隣に転がり込んできたらしい。


自宅の鍵を開け、スニーカーを脱ぎ腹を満たす為に、

そのまま冷蔵庫まで一直線に向かう。

今日も適当に残ってる物で何か作るか。

と思いながらも冷蔵庫を開けるも、賞味期限切れの牛乳に、

腐りかけの野菜のみ。流石にこれでは、作れないな・・・。

とため息を吐いた瞬間だった。

薄い壁の向こうから、怒鳴り声の様な大声が聞こえた。


「どういう事だ!!」


お隣さんが、何かに対して怒っているのか?

#暫__しばら__#く様子を伺う様に僕は、物音一つ立てないようにした。

しかし聞こえるのは、お風呂場の蛇口から水が落ちた音。

気のせいか?それともテレビでも見ようとつけたら大音量だったのか?

どうでもいい推測が、頭をかき回ってきた。

それから1分程過ぎた頃だった。

隣からブツブツと声が聞こえる位で、気にしなければ大丈夫だと思った。


仕方ない、出前でも頼むかと棚に取って置いたお弁当屋のチラシを取り出し

いつもの様に、適当に目に入ったものを注文する。

携帯を取り出し弁当屋の電話番号を入力し、電話をかける。

2コール鳴り、弁当屋のアルバイトが電話に出た瞬間だった。

再び隣の部屋から大声が聞こえた。


「もしもし?もしもーし!」

電話越しから零れる声に、慌てて電話を切ってしまった。


勘弁してくれよ。

そう想うも、どんどん男性は、興奮状態なのか独り言が大きくなっていく。

流石に我慢の限界が来た僕は、自宅を出てお隣をノックした。


「すいません、もう少し静かにしてくれませんか?」

僕の声に反応して、少しづつ足音がこちらに近づいてくるのがわかった。

10秒程の沈黙が過ぎた頃、扉がゆっくり開いた。

その男は、恐らく30代手前位で、もさもさのパーマに

少しだけ小汚い恐らく古着であろう季節外れの分厚いジャケットを羽織り

穴の開いたジーパンを穿き、自宅なのにサングラスを掛けていて

見るからに変わり者だった。


こちらをじっと見つめ僕の姿を下から上まで観察するように見終えた男は、

ゆっくり頭を下げて「申し訳ない!」と言って、扉を閉めた。


一旦ホッとして部屋に戻って、一息付こうと布団に横たわり

テレビを付ける。ニュース番組が流れ何やら物騒な事件が起きたそうだ。

隣人トラブルからの殺人事件か。

自分もあの変わった隣人と関わらないようにと

少しだけ残る苛立ちを抑えながら、携帯に目を向けようとすると、

今度は、激しい物音が響き渡った。

その音は、何かが崩れる音だったり、何か物が壁に当たる音だったりと

この時間から掃除でも始めたのか?と思う程にうるさく思えた。


次第に我慢の出来なくなった僕は、いつの間にか

自宅を飛び出し気づくと町を彷徨っていた。


腹立たしい。取り合えず1時間程時間を潰せば静まるだろう。

感情を抑えようと普段は、ただの仕事場と自宅を行き来する道をゆっくり辺りを確認するように歩いた。

何件かの店は、閉店しているものの、そう言えばここに引っ越してきてからと言う物

この辺にどんな店があって、どんな人が住んでるかなんて考えた事なかった。


この家を探していた時は、最低限の情報。

職場から近く、スーパーも近くにあって、静かな場所・・・を選んだはずだったのに。

風景に夢中になっていたのか、前方から歩いてきた男性とぶつかり、僕はそのまま地面に腰がついた。


「大丈夫か?」

顔を上げるとそこには、ワイシャツがよく似合い、ほんのりと甘い香水の香りが漂い

見た目は、自分の父親よりも若そうだが、落ち着いた様子とお#洒落__しゃれ__#な服装で

何処かの夜の店のオーナーさんなイメージを感じた。

「あっ。すいません。ちょっとぼーっとしてて」

「気をつけろよ。この辺ちと#物騒__・__#だからな」


物騒?

「何かあったんですか?」

すると男は、綺麗に整った髭をかき分けながら

曇った表情で、少し考えた様にこう答えた。

「昔・・・。つっても10年前位か。この町でお兄さん位の歳の子が、“神隠し”で行方不明になったんだ」


“神隠し”・・・?

あの都市伝説とかに出るやつか?


僕は、興味本位で男に問いた。

「神隠しですか?」

僕の問いに、困った様子を見せた男の表情は、いつの間にか先程の優しそうな印象ではなくなっていた。


慌てて一礼して男に、気をつけます。と一言添えて家の方に歩いて行った。

一瞬だけ男の方に振り返ると、深くため息をついた後、その場を立ち去って行った。


何か悪い事したかな。と何故か反省している自分は、お隣さんの事をすっかり忘れていた。

5分程歩いた頃だった。妙な気配を感じた。誰かに見られているような視線を感じる。

真正面に見える点滅信号のある#丁字路__ていじろ__#を右に曲がれば自宅だと言うのに。

先ほどの話のせいなのか。いつもよりこの道が怖く思える。


恐る恐る振り返るも誰もいない。

しかし視線を感じた先は、後ろではない。

自宅に曲がる道と反対方向の角に、ポツリと電気がついた小さな店だった。

その明かりが、異様に感じた僕の身体は、知らぬ間にその店に向かって歩き始めていた。


店の前に辿り着いた僕は、ゆっくり店内を除く。

中古の家具やパソコンが店内に置かれており、古い雑貨屋と言う印象だったのだが、

値札が張られていない事にすぐに気が付いた。よく観察すると

不気味な仮面が壁一面に飾られいる。店の名前も、何処を探しても見当たらない。

するとカウンターに座っていた老人が、こちらをじっと見つめている。

間違いない、さっきの視線は、この老人からだ。

「あの・・・。すいません、ここって?」


老人は、答える事もなく、

カウンターに置かれた一つの携帯に視線を移す様に僕を誘導してきた。


そっと携帯の画面を除くと、誰かと通話中だった。

老人は、今度は、携帯に手を添え「さぁ」と電話に出るよう誘導してきた。

恐る恐る携帯を手に取り、耳に当てる。


「#立花 洋一__たちばな ようへい__#ですね。」

電話の相手の声は、低音に加工されており男性なのか女性なのか判断する事は、出来ない。

それよりも、何故僕の名前を知っているんだ・・・?

えっ?と僕の驚きが声に漏れた。

すると電話越しの声は、続けた。


「おめでとうございます。貴方様は、#キャンペーン__・__#に対象されました。」

「キャンペーン?なんの・・・。」


心臓の音が早まっているのを感じた。


「早速ですが、キャンペーン内容をお伝えします。」

「ちょっと待って下さい!!まだ理解出来てません!!」

電話越しの相手は、僕の意見も聞こうともせず構わず続けた。

「“1ヵ月以内に、#夢__・__#を2つ叶えてください”」

その言葉を聞いた瞬間。一気に血の気が引いた。

夢だって? 僕が、この世で一番苦手で、一番嫌いな言葉だ。


少し冷静になった僕は、電話越しの相手にいつしかその言葉のせいか苛立った様な口ぶりをしていた。

「叶えるってどうやって?」

僕の問いに、少しの沈黙の時間が流れるも、その言葉に相手は自信満々に答えた。


「大丈夫です。これから1ヵ月間。貴方様は、どんな夢でも叶います!私が保証致します!」

「・・・どんな夢も・・・?」

「ただ。#ルール__・__#がございます。そのルールは、貴方様の携帯で、いつでも確認出来ます。一度ご自身の携帯画面を見て頂けますか?」


半信半疑携帯をポケットから取り出し、ロックを解除し画面を確認する。

電話帳・写真・カレンダーなど必要最低限のアプリしか入っていないはずの携帯の右下に

見覚えのないアプリがダウンロードを始めている。


「なんだよこれ!?」

「安心してください。そちらは我々が貴方様の夢を叶える為に用意したアプリです。」

「どうやって僕の携帯に!?」

「時間がありません。早速アプリをタッチして起動してください。」

「そんな勝手な!」

すると、電話越しの声が少し荒々しくなった。

「・・・いいですか?貴方様は、チャンスを掴んだのです。それを見す見す逃すのですか!?」


携帯を差し出した老人も、ギロリと鋭い眼球でこちらを睨みつけている。

最悪だ。


もしも、ここで断れば何されるか分からない。それに本名もバレてるとなると余計に・・・。

もうどうにでもなれと思い、アプリをタッチすると

“立花 洋一様”と僕の名前が表示され、

画面中央には、大きなゲージと真ん中に “叶える”の文字とその下に“ルール”という文字。

確認するや否や、電話越しの相手は、話を進めた。


「“叶える”という文字は、まだ押さずにいてください。それこそ貴方の願いが叶う瞬間です。」

僕は、その言葉に息を呑んだ。

「まずルールを説明しますので、“ルール”のボタンを押してください。」

言われるがまま “ルール”のボタンを押すと

そこには、ずらりと夢を叶える為のルールが並べられていた。


【ルール】

・1ヵ月以内に、2つの願い事を叶える事。

※正し叶えられる夢には、上限があり。

ホーム画面のゲージのレベルを貯まってからでないと叶わぬ。

※叶えられぬ夢も存在する。 

(例)起きた事の改変。-他人に影響を及ぼす場合叶わぬ。-

 あくまで貴方様の夢を叶える物。


・ゲージの説明。

※ゲージは、1つ貯まる事に1つの願いが叶います。

※ゲージは、MAX2まで。2つの願いを消費して、最大級の願い1つを叶える事を承認する。

最大級の願いとは、未来を変える事。

正し上記に記入された通り、過去の改善は、ルール違反と見做(みな)す。

※ゲージの貯め方は、2種類。

一、他者の夢を妨害し、叶わぬ様にする。

貯まったゲージを奪い取る事も可とする。

一、半月事に、ゲージは、1ゲージMAXになる。


以上である。



「お分かり頂けましたか?」

「・・・つまり。この1ヵ月以内に、ゲージを2つMAXにして、2つ夢を願えば叶うって事か?」

「その通りです!!」

状況を理解しようと必死になっている自分を兎に角落ち着かせようと、一旦空気を吐いた。


「正し。夢を叶える等簡単な事ではない事は、ご存じですよね?」

その一言に、再び僕は息を呑んだ。

何度も経験した事だ。夢なんて早々叶うものではない。


「貴方様以外の者も、このキャンペーンにご招待されております!」

「ルールに記載されている通り、邪魔をしてくる者を存在します。夢半ばで、叶わぬ者も多数存在します。」

「・・・その邪魔に入る奴らを知る事は、出来るんですか?」

「それは、残念ながら出来ません。それも貴方様が夢を叶える為です!一つ目の夢は、他愛もない事を叶える者が多数いますが。2つ目の夢は、ほとんどの者が、このキャンペーンの離脱を願います。」

・・・成程。やっぱり僕には、無理そうだな。と諦めているのを感じ取ったのか電話越しの相手は、

また自信満々に答えた。

「しかし成功され、大金持ちになった者もいれば!幸せな家庭を持って幸せな日々を送る者も存在するのもこれまた事実!この1ヵ月。貴方様が守り抜き強い意志で叶えようとすれば、叶うのです!夢が!!」

「・・・じゃあもしも。1ヵ月以内に2つ。もしくは、最大級の夢を叶えられなかったらどうなるんだ?」


その一言に、電話越しの相手は、黙り込んでしまった。

しかし加工され、より不気味な笑い声が、電話越しから聞こえてくる。

「自分の欲望も叶えられぬ人間などに、生きる価値などあると思いますか?」

その言葉に全身に鳥肌が立つのを感じた。

「期待しておりますよ。立花様。最高の1ヵ月をお楽しみ下さい。」

そう言って、一方的に、通話は切れた。

気が付くと、携帯を持った右手は、震えていた。

老人は、立ち上がり店を閉める準備に取り掛かり始めた。

声をかけるも返事をする気などない様に、こちらに対して全く反応しない。

諦めて店を出ると、すぐに店の電気が消えた。


頭の整理も出来ぬまま、自宅まで何とか辿り着くも、自分の部屋の電気をつけっぱなしで出かけてしまっていた事に気づく。そしてその理由となった隣の部屋の電気は、消えていた。

呑気なものだ。


家に入り、電気を消して、布団に横たわり暫く何もせず、何も考えないよう#唯々__ただただ__#

暗闇の中

時間が過ぎていくのを待った。

夢ってなんだよ。本当に叶うのか?

こんなアプリで叶うはずがない。

#瞼__まぶた__#を閉じ、寝ようとするも

頭の中で、先ほどのやり取りが何度も何十回もリピートされる。


夢なのか、現実なのか。

どちらとも言えない感覚の中、何度も目覚めては、眠り。目覚めては、また眠りを繰り返していた。

そして、いつの間にか。カーテンから陽の光が漏れていた。

普段通り午前7時にアラームが鳴り

瞼を開き、携帯のアラームを停止して、

暫くボーっと何も考えず、もう一度携帯に手を伸ばし画面を確認するも

昨日の出来事は、現実のものだと証明する。


最悪だ。


この日から、僕の最悪で長い1ヵ月が始まったのである。

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