第50話 調整者の影〈シャドウ・オブ・アジャスター〉

 星命の試練を越えた夜。

 ノヴァリア王国の空には新たな星が輝き、民はそれを「建国の星」と呼んで祝った。


 だが――その輝きは同時に、世界を監視する存在の目にも留まっていた。


◆ ◆ ◆


「……気づかれたか」


 星空の奥。現実と虚の狭間に、黒衣の影が立っていた。

 顔は仮面に覆われ、声は深淵のように冷たい。


「誤差は試練を越えた。ならば次は“修正”を施す時だ」


 それは因果の調整者。

 だが先日の存在とは異なる、別系統の個体だった。


「調整は均衡のため……だが、彼らの力は予測を超えている。

 ――ならば排除しかあるまい」


 仮面の奥で赤い光が瞬いた。


◆ ◆ ◆


 翌朝。

 蓮は執務室で書類に目を通していた。


 ノヴァリア王国の人口は二万を超え、農業区画や鉱山都市も機能し始めている。

 街道を行き交う人々は笑顔を見せ、子供たちは広場で無邪気に遊んでいた。


「……本当に、国になってきたんだな」


 窓越しにその光景を眺めながら、蓮はしみじみと呟いた。


 そこへリーナが紅茶を持って現れる。

「蓮、また徹夜? ちゃんと休まないと」


「いや、これくらいは平気だよ」

 蓮が笑うと、リーナは少し拗ねたように唇を尖らせた。


「まったく……国王ってのは、過労死しそうな職業だね」


「俺はまだ“逃亡者”の気分だけどな」

 軽口を交わしながらも、二人の表情は和やかだった。


◆ ◆ ◆


 しかしその午後。

 王都の上空に異変が走った。


 突如、空が裂け、黒い霧の渦が現れたのだ。


「何だ!?」

 警鐘が鳴り響き、市民が逃げ惑う。


 霧の中から現れたのは、無数の漆黒の兵士。

 人でも魔物でもなく、因果そのものから切り出された存在――調整者の眷属だった。


「来やがったか……!」

 蓮は無限アイテムボックスを開き、神剣エクリプスを取り出す。


「全員、迎撃態勢!」


 リーナが雷の魔法を放ち、カイエンは巨斧を振るって敵を薙ぎ払う。

 ネフェリスは風を操り、避難誘導を開始した。


「蓮! あいつら、狙いは市民じゃない!」

 イリスの声が響く。


 霧の中から、一際大きな影が現れた。

 仮面を付けた黒衣の存在――調整者本人だった。


「誤差の王よ。お前の存在は許されない」


 仮面の奥から冷たい声が響く。

 その一言で空気が震え、王都全体が重圧に包まれた。


◆ ◆ ◆


「……やっぱり来たか」

 蓮は剣を構え、仲間たちを背後に庇った。


「調整者。俺たちは世界を壊すつもりなんかない。ただ、自分たちの意思で生きたいだけだ!」


「意思? 愚かなる人の理屈だ。均衡とは意思を許さぬ冷徹な式。

 ――お前たちは存在そのものがノイズ」


 調整者が手を掲げると、黒の槍が雨のように降り注ぐ。


「くっ!」

 蓮が防御結界を展開するが、圧力は想像以上だった。


「蓮!」

 リーナが駆け寄り、魔力を重ねる。

 イリスも詠唱を開始し、ミストが後方で支援魔法を張る。


 だが調整者は動じない。


「力を合わせたところで結果は変わらぬ。誤差は排除される運命にある」


 冷たい言葉と共に、仮面の赤い光が強まった。


◆ ◆ ◆


 その時、蓮の胸元の結晶――星命の証〈アストラル・シジル〉が強く輝いた。


「これは……!」


 結晶の光が仲間たちを包み込み、黒の槍を弾き返す。

 光は王都全体に広がり、市民をも守るように覆った。


「何だと……? 試練は越えた……だが、なぜ均衡が誤差を守る!」

 調整者が動揺する。


「これが……俺たちの未来を選んだ証だ!」

 蓮が叫び、光を剣に纏わせる。


 次の瞬間、蓮は調整者へと斬りかかった。


◆ ◆ ◆


 剣と仮面の拳が衝突し、空が震える。

 雷鳴のような衝撃音と共に、王都の上空に光と闇がぶつかり合った。


「排除する……お前はこの世界に不要だ!」

「違う! 俺は、この世界で仲間たちと未来を築く!」


 互いの叫びが交錯する。


 戦いはまだ終わらない。

 だが、この瞬間――ノヴァリア王国の人々は確信した。


 自分たちの王は、世界そのものと戦ってでも守ってくれるのだと。

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