第42話 密林の影神獣〈シャドウ・ビースト〉

 南方密林――。

 陽光がほとんど届かないほど鬱蒼とした樹海は、古代より“神々の庭”と呼ばれてきた場所だ。

 だが今、その樹海の奥からは、不気味な気配が溢れ出していた。


「……空気が重いな」

 リーナが弓を構え、鋭い視線を周囲に走らせる。


「ここは生命力が濃すぎる。普通の森なら数百年かけて積み重なる精霊素が、一夜にして凝縮されたような……」

 イリスが森の瘴気を分析し、額に汗を滲ませる。


「虚の門が開いた影響かもしれないな」

 蓮は剣に手をかけながら前を歩く。

「だとすれば、この森に“影の主”が現れるはずだ」


◆ ◆ ◆


 森の奥へ進むと、やがて彼らの前に広がったのは巨大な湖だった。

 湖面は黒く淀み、そこから幾筋もの霧が立ち上る。


「……あれは」

 ルアが目を凝らす。


 霧の中心から、四足の影が現れた。

 獣のような姿をしているが、体は霧と闇で形作られ、眼だけが赤く輝いている。


「影神獣〈シャドウ・ビースト〉……!」

 イリスの声に、仲間たちの緊張が高まる。


「これは虚竜とは違う。自然界の神獣が“虚”に侵蝕されたものだ」


 その瞬間、影神獣が低く唸り、地を揺らした。

 湖面から黒い腕のようなものが無数に伸び、周囲の大木を絡め取っては砕いていく。


「来るぞ!」

 蓮が叫ぶ。


◆ ◆ ◆


 影神獣は、巨大な闇の爪を振り下ろした。

 蓮が盾を展開し受け止めるが、衝撃に膝をつきそうになる。


「重っ……!」


「蓮、下がって!」

 リーナが矢を放ち、闇の腕を貫く。

 だが、傷ついた箇所はすぐに霧で再生する。


「再生するのか……!?」

 ルアが息を呑む。


「違う! これは本体じゃない! 湖そのものが“影の核”よ!」

 イリスが叫ぶ。

「湖を浄化しない限り、いくらでも再生するわ!」


◆ ◆ ◆


「じゃあ、俺たちがやることは決まってる!」

 蓮が剣を握り直す。


「リーナ、影の分身を引きつけてくれ! ルアとイリスは湖を浄化する。俺は本体を叩く!」


「了解!」

 仲間たちが即座に動く。


 リーナの矢が闇の分身を次々と貫き、ルアが星光を放って湖を照らす。

 イリスは古代語の詠唱を紡ぎ、湖面に浄化の紋章を描いた。


「《星命浄界陣〈アストラル・サンクチュアリ〉》!」


 湖が青白く輝き、影神獣の体が軋む。


「今だ、蓮!」


「おおおおおっ!!!」

 蓮が跳躍し、剣を振り下ろす。

 星命の光を纏った斬撃が影神獣の体を切り裂き、その核を直撃した。


◆ ◆ ◆


 凄まじい悲鳴と共に、影神獣は霧散した。

 湖は静まり返り、黒い淀みは光に変わっていく。


「……終わったのか?」

 ルアが肩で息をしながら呟く。


「ああ、一つの門は閉じられた」

 蓮が剣を収め、湖の輝きを見つめた。


「でも、まだだ。残りは三つ」

 イリスが険しい表情で告げる。

「西の群島、北の砂漠、そして中央都市……」


 リーナが空を見上げる。

「私たちが全部を閉じないと、この世界は……」


「閉じるさ」

 蓮は強く頷いた。

「俺たちが選んだ未来を、虚なんかに奪わせはしない」


 湖の光が彼らを照らす中、一行は再び歩き出す。


 次の戦場――西の群島へ向かって。

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