第36話 虚神残滓の門〈ネガ・ゲート〉

 戦場に広がっていた黒霧はようやく消え去り、黎明国の軍勢は深い安堵の息をついた。

 虚神の囁きからルアを取り戻したことで、戦いは勝利に終わったかのように思えた。


 だが、最後に残された「次の門」という言葉が、皆の胸に重くのしかかっていた。


「……門って、いったい何のことだ?」

 カイエンが険しい顔で呟く。


「文字通りに考えれば、“虚神が次に現れる入口”ってところでしょうね」

 ミストが魔導端末を操作しながら答える。

「ただの比喩じゃない。確実にどこかで“門”が顕現している」


 蓮は眉をひそめ、無限アイテムボックスから〈星命共鳴装置アカシック・リゾナンス〉を取り出した。

 装置を展開すると、淡い光が空間を走り、やがて一点に収束していく。


「……反応がある。北方の廃都“エルセリア”。そこに、因果の歪みが集まってる」


「エルセリア……」

 イリスが小さく目を伏せる。

「かつて神代文明が栄えた都市の跡地。虚神との最初の接触点と記録されている場所よ」


 仲間たちの間に重苦しい沈黙が流れる。

 虚神が再び姿を現そうとしている――それはつまり、この世界の存亡を賭けた戦いがまだ続くことを意味していた。


◆ ◆ ◆


 黎明国の王都に戻った蓮たちは、緊急会議を開いた。

 集まったのは軍の将、技術者、そして各地の民代表たち。


「虚神が残した“門”の情報は確かですか?」

 年配の将が問う。


「確かだ。エルセリアで因果が大きく歪んでいる。放置すれば、そこから虚神が再び顕現する」

 蓮が断言すると、会議場にざわめきが走った。


「……もし虚神が完全に顕現すれば、帝国どころか世界そのものが危うい」

「今度こそ……人の力では抗えぬかもしれぬ」


 悲観的な声が飛び交う中、リーナが立ち上がり、剣の柄を握りしめた。


「恐れるな。私たちは何度も“不可能”を覆してきた。ルアを救ったのも、皆がいたからだ。虚神だろうと、乗り越えられる!」


 その力強い声に、兵士や民たちの顔に希望の色が戻る。


「その通りだ」

 蓮が続ける。

「だが同時に、今回の戦いはこれまで以上に危険だ。だからこそ――皆で備えよう」


◆ ◆ ◆


 数日後。

 黎明国軍は遠征の準備を整えた。


 イリスが蓮のもとに歩み寄る。

「……蓮、本当に行くのね」


「行かなきゃならない。虚神が顕現すれば、この世界は終わる」


 イリスはしばし黙り込み、やがて小さく微笑んだ。

「……なら、私も一緒よ。あなたを一人で行かせるわけない」


 そのやり取りを見ていたルアが、ぎこちない笑みを浮かべた。

「僕も行く。虚神の残滓は、僕と繋がっている。逃げたら、また誰かが囁きに呑まれる」


 リーナが彼の肩を軽く叩く。

「なら、一緒に戦おう。もう一人じゃないんだから」


 ルアの瞳に決意の光が宿る。


◆ ◆ ◆


 そして――黎明国軍はついに北方の廃都エルセリアへと進軍を開始した。


 かつて神代文明の栄華を誇った都市は、今や荒廃し、瓦礫と静寂に覆われていた。

 だが、その中心部には異様な黒い結晶が根を張り、空へと伸びる門のような形を成していた。


「これが……虚神残滓の門〈ネガ・ゲート〉……」

 ミストが息を呑む。


 門の周囲には、帝国の兵士たちが待ち受けていた。

 宰相シェルドンの姿もある。


「やはり来たか、黎明国の“逃亡者”よ」

 シェルドンが薄笑いを浮かべた。

「この門こそ、我が帝国が虚神の力を掌握するための装置。貴様らに壊させはせん」


「また帝国か……!」

 カイエンが雷を纏い、前へと進み出る。


「虚神の力を利用する? ふざけるな!」

 蓮が剣を構え、仲間たちが陣形を整える。


 門は脈動を強め、虚神の残滓が滲み出してくる。

 黒い囁きが再び空を覆い、戦場は混沌の気配に包まれた。


「これ以上好きにはさせない!」

 蓮が叫ぶ。


 黎明国と帝国――そして虚神の残滓を巡る、次なる大戦が幕を開けた。

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