第34話 白銀の棺〈シルバー・サルコファガス〉

 白銀の棺が空から舞い降りる光景に、戦場は沈黙に包まれた。

 虚神の影が跪くようにその前に身を低め、紅い瞳を輝かせる。


「我ガ主……目覚メノ時ハ来タ」


 棺が軋む音を立てて開き、白銀の光があふれ出す。

 その中から一人の少年が現れた。

 白銀の髪に金の瞳――以前、蓮たちが《星界の盟誓》で目にした少年。


「……ルア……」

 イリスが震える声で名を呼ぶ。


 彼は静かに瞼を開き、光に包まれたまま周囲を見渡した。

 その視線は幼さを残しながらも、時空を越えた叡智を宿している。


「……また会ったね、蓮」


 柔らかな声。だがその奥には、虚神と同等の圧力が潜んでいた。


◆ ◆ ◆


「どういうことだ……ルア、お前が虚神の“主”だっていうのか?」

 蓮は剣を構えながら問いかける。


 ルアは微笑み、かすかに首を振った。

「違うよ。僕は虚神に選ばれたんじゃない。虚神が僕に縋ったんだ」


「縋った……?」

 ミストが息を呑む。


「虚神は“否定の存在”。けれど、存在するためには“肯定の核”を必要とする。

 僕はその器にされかけているんだ」


 虚神の影が低く響く声で割り込む。

「其ハ誤解ナリ。我ラ虚神ハ汝ノ因子ト融合スル事デ、完全ナル神性トナル。

 汝ハ既ニ選定者ナリ」


「勝手に決めるな!」

 ルアの声が鋭く響き、光が虚神の影を押し返す。


◆ ◆ ◆


「ルア!」

 蓮は一歩前に出た。

「お前はどうしたいんだ? 世界の未来を、どこへ導きたいんだ!」


 その問いに、ルアは一瞬だけ瞳を揺らした。

 だがすぐに表情を引き締め、静かに答えた。


「……僕は、世界をやり直したい。

 神々の因果も、帝国の暴虐も、虚神の呪いも……全部、一度白紙に戻して」


「世界を、白紙に……?」

 リーナが絶句する。


「そんなことをしたら、築いてきたものがすべて……!」

 カイエンが声を荒げる。


「でも、それが唯一の“平等”なんだ。

 誰もが同じ場所から始められる。僕は……それしか方法を見つけられなかった」


◆ ◆ ◆


「待てよ!」

 蓮が叫ぶ。

「俺たちは、ゼロから国を創った。逃げ場所もなく、何度も命を狙われながら……でも、それでも一歩ずつ積み重ねてきたんだ!

 全部を無に帰すなんて……そんなのは未来じゃない!」


 ルアの瞳が揺れ、言葉に詰まる。


「蓮……君の言葉は、僕を揺さぶる。だけど、僕の中には虚神の囁きがある。

 “すべてを壊せば楽になる”って……」


 虚神の影が再び声を放つ。

「然リ。破壊コソ救済ナリ。汝ハ我ト共ニ歩ム者。全テヲ無ニ帰セ」


「……っ!」

 ルアは頭を抱え、苦悶の声を上げた。


◆ ◆ ◆


「ルア!」

 イリスが駆け寄ろうとするが、虚骸兵が壁を作って阻む。


「どけぇぇぇっ!」

 シャムが槍で突破口を開き、リーナと共に進む。


「ネフェリス!」

 蓮が叫ぶ。


「ええ!」

 ネフェリスが歌声を響かせ、ルアを覆う虚神の気配を揺らす。


 その隙に、蓮はルアの手を強く掴んだ。


「お前は一人じゃない! 虚神の影になんか負けさせない!」


「蓮……」

 ルアの表情が揺れる。


◆ ◆ ◆


 だが虚神の影は咆哮し、全軍を動かした。

 戦場が再び混沌に包まれる。


「守れ! ルアを奪わせるな!」

 蓮が叫び、仲間たちが陣形を組む。


 その最前線に立ったのは――リーナだった。

 剣に宿した光を振りかざし、虚骸兵を次々に斬り払う。


「蓮! あんたはルアを救え! あたしたちは道を拓く!」


「……ああ!」


 蓮はルアを抱き寄せ、虚神の囁きに抗うように語りかけた。


「お前が選ぶべきなのは、破壊じゃない! 未来だ!

 俺たちと一緒に、新しい世界を創ろう!」


 その言葉に、ルアの瞳が涙で滲む。


「僕は……僕は……!」


 虚神の影が紅い光を強め、空全体を覆い尽くす。


「汝ノ選択ニ、終焉ヲ――!」


 戦場が、再び極限の戦いへと突入していった。

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