第19話 黒炎将軍の影

 赤鱗軍を退け、黎明国が初めて勝利の歓喜を味わった数日後。

 国中にはまだ希望と活気が満ちていたが、その裏でじわじわと忍び寄る影があった。


◆ ◆ ◆


 黎明城の執務室。

 蓮は山積みになった報告書に目を通していた。


「……物資の補給は順調だが、治療用ポーションの在庫が逼迫しているな」


「負傷者の数を考えれば当然だわ」

 イリスが報告書を手に取り、冷静に分析する。

「帝国が再び攻めてくるまで、回復と補充を間に合わせなければならない」


「帝国は必ず次を仕掛けてくる……それも赤鱗軍以上の脅威を」

 蓮は深く息を吐いた。

「勝利は民に希望を与えたが、同時に帝国を本気にさせたはずだ」


 その時、扉が乱暴に開け放たれた。


「緊急報告!」

 駆け込んできたのは偵察兵だった。

「西方辺境にて、帝国軍の大規模な動きあり! 黒炎将軍ヴァルガスが旗を掲げ、進軍中とのこと!」


「黒炎……!」

 リーナが息を呑む。


「ヴァルガス……」

 イリスの表情が険しくなる。

「帝国四将の中でも最強と恐れられる男。戦場を黒炎で覆い尽くし、敵味方を区別なく焼き払う狂戦将軍よ」


「味方ごと……?」

 ネフェリスが震える声で言った。


「そうだ。彼にとって戦場は“生き残った者だけが価値ある”試練。だから味方であっても弱ければ焼かれる」

 カイエンが重苦しく説明を補足する。


「帝国が本気を出してきたというわけか……」

 蓮は椅子から立ち上がった。


「西方辺境って……私たちの交易路が通ってる場所じゃない!」

 リーナの声に、場がざわめく。


「もしそこが焼かれたら、物資の流通は完全に途絶する……」

 ノアが眉をひそめる。

「黎明国は内部から干上がるだろう」


 蓮はしばし考え、そして仲間たちを見渡した。


「なら――止めるしかない。黒炎将軍ヴァルガスが進軍してくる前に、俺たちが迎え撃つ」


◆ ◆ ◆


 同じ頃、帝国軍西方陣営。

 黒炎将軍ヴァルガスは漆黒の甲冑に身を包み、燃え盛る黒い焔を纏っていた。


「赤鱗のヴァルドが負けたと聞いた時は、笑ったぞ」

 彼は豪快に笑いながら、巨大な黒剣を地面に突き立てた。

「だが、あの小国……黎明国とか言ったか。面白い玩具だ」


「閣下、兵の士気は高まっております」

 副官が頭を垂れる。


「当然だ。俺は弱い兵など必要としない。俺の黒炎に耐え、生き残った者だけが強者だ」

 ヴァルガスは不気味に笑う。

「さあ、燃やし尽くしてやろう。黎明国も、そこに住む愚民どももな!」


 戦場に現れたその黒炎は、夜の闇よりも濃く、地を焼き、空を焦がす。


◆ ◆ ◆


 黎明国に戻る。

 作戦会議の場で、蓮は無限アイテムボックスを開いた。


「ここに、星詠の神殿で手に入れた“耐炎結界石”がある。これを使えば、黒炎の影響をある程度抑えられるはずだ」


「でも、それだけで勝てる相手じゃない」

 イリスが首を振る。

「黒炎将軍ヴァルガスは、ただの戦将じゃない。炎そのものを意志で操る、半ば人外の存在」


「わかってる。でも、だからこそ俺たちが立ち向かわなきゃいけないんだ」

 蓮は仲間たちを見渡し、強く言い切った。

「この国を守るために。みんなの未来を守るために」


 仲間たちはそれぞれ頷いた。

 リーナは剣を握り、カイエンは魔具を構え、ネフェリスは歌を口にした。


「行こう。黒炎を打ち消す光を、この国で示すんだ」


 こうして黎明国の戦士たちは、次なる戦場――黒炎将軍ヴァルガスとの決戦へ向けて進軍を開始するのだった。

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