第16話 黎明の防衛線

 朝靄の中、黎明国の城壁に立った蓮は、遠く地平に揺れる赤い旗を見据えていた。

 それは帝国赤鱗軍――五千の兵を率いる猛将ヴァルドの進軍の証。


「いよいよ来たか……」

 蓮は深く息を吐き、指先で無限アイテムボックスを開いた。

 次々と取り出されるのは、前夜までに準備していた資材や罠――鉄杭、火薬樽、魔導結晶、竜の鱗で補強した盾。


「みんな、配置につけ!」

 リーナの号令が響き、民兵たちが緊張した面持ちで持ち場につく。


「子どもと老人は避難済み。これで心置きなく戦える」

 カイエンが報告する。


「だが気を抜くな。帝国軍は一枚岩じゃない。必ず魔導師部隊も投入してくる」

 イリスが鋭い眼差しで前方を睨んだ。


◆ ◆ ◆


 荒野を行く赤鱗軍。

 軍列を進める兵たちは、一様に赤い鱗を模した鎧をまとい、重厚な戦鼓を鳴らしていた。


「将軍、敵の防衛線を確認しました!」

 斥候が駆け寄り、報告する。


「ほう……あの程度の木柵と土塁で、我らを止められると思っているのか」

 ヴァルドは嘲るように笑う。

「突撃準備! 我らの力を見せてやれ!」


 赤鱗軍の鬨の声が荒野を揺らし、鉄の洪水が黎明国へ押し寄せる。


◆ ◆ ◆


「来るぞ!」

 リーナが叫んだ。


「発動――《火線爆裂陣》!」

 蓮が印を結ぶと、前方の地面に仕掛けていた魔導罠が炸裂。

 轟音とともに土柱が上がり、突撃していた帝国兵が次々と吹き飛んだ。


「おおおおっ!」

 黎明国の民兵たちが歓声を上げる。


「まだだ、油断するな!」

 イリスの叱咤が飛ぶ。

 煙の向こうから、なおも赤鱗軍が姿を現した。傷つき倒れた兵もいたが、それ以上に士気は高まっていた。


「さすがは赤鱗軍……並みの兵じゃない」

 カイエンが槍を構え、前に出る。


 その時、ヴァルドが前線に姿を現した。

 竜骨の大斧を肩に担ぎ、声を張り上げる。


「恐れるな! 敵は小国! 突き破れ!」


 再び帝国兵が雪崩のように押し寄せる。


◆ ◆ ◆


「なら、こっちも第二段階だ!」

 蓮が叫び、無限アイテムボックスから取り出したのは、竜の鱗で補強した巨大な盾壁。

 瞬時に並べられ、前線の防御が一気に強化される。


「すげえ……これがアイテムボックスの力か!」

 兵士たちの士気が高まる。


 さらにネフェリスが歌声を響かせた。

 その旋律は兵たちの恐怖を和らげ、身体能力を底上げする。


「音楽で……体が軽い!」

「俺、いける気がするぞ!」


 民兵たちが一斉に雄叫びを上げた。


「突撃してきた奴らは任せろ!」

 リーナが剣を振るい、敵兵を斬り伏せる。

「蓮、後方の魔導師部隊に気を付けて!」


「わかってる!」


 蓮はすでに敵の魔力の流れを感知していた。

 赤鱗軍の後方、黒衣の魔導師たちが詠唱を始めている。


「狙いは城壁か……なら先手を打つ!」

 無限アイテムボックスから取り出したのは、魔導障壁展開装置。

 地面に叩きつけると、透明な壁が城壁全体を覆った。


「何だと!?」

 敵の魔導師が放った火球が弾かれ、爆炎は虚しく霧散する。


◆ ◆ ◆


 戦場は混沌を極めた。

 炎と剣戟、咆哮と悲鳴が入り混じり、黎明国の防衛線は必死に持ちこたえていた。


「将軍! 敵は予想以上に堅い!」

 副官が叫ぶ。


「小賢しい罠と魔導具に頼るか……だが限界はある!」

 ヴァルドは大斧を振りかざし、前進する。

「俺が出る!」


 赤鱗将軍が戦場に歩み出ると、周囲の兵たちの士気が一気に高まった。


「……来たか」

 蓮は剣を抜き、ヴァルドを見据える。

「ここを突破されたら終わりだ。俺が止める!」


「蓮!」

 イリスが叫ぶが、彼は振り返らずに言った。


「俺は逃亡者だった。だが今は違う。この国を守るために、逃げずに戦う!」


 その言葉は、仲間たちの胸を強く打った。


 黎明国と帝国赤鱗軍――

 運命を決する戦いが、いま幕を開けた。

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