第1話 漂着の村
灰色の空は、どこまでも重苦しく広がっていた。
雲は厚く垂れ込め、陽光は遮られ、世界は薄暗い色に沈んでいる。
風は冷たく乾き、大地には緑が乏しい。
蓮は、荒涼とした光景を改めて見渡しながら、息を整えた。
「ここが……“神無き世界”か」
彼の隣に立つリーナも、不安げに辺りを見回していた。
後ろにはイリスやカイエン、ネフェリス、ノア、そして他の仲間たちが肩を寄せ合っている。
彼らもまた、突如として転移の奔流に呑まれ、この世界へと漂着した者たちだ。
「……空気が重い。魔力の流れが極端に不安定ね」
イリスが眉をひそめる。
「この世界には神の律が存在しない。だから魔法の発動は抑制され、定着もしにくい」
蓮は無限アイテムボックスを開いてみせた。
幸い、収めた資源や道具は失われていない。
ただし――
「……高位魔法具は反応が鈍いな。やはり神の加護がないせいか」
「つまり、力任せにはできないってことね」
リーナが苦笑する。
そんな彼らのやり取りを、遠巻きに見つめる影があった。
それは、この荒涼とした大地に点在する小さな集落の住民たち。
痩せ細った体にぼろ布のような服、虚ろな瞳。
彼らの顔には、生きる希望を失った色が濃く刻まれている。
その中の一人、まだ幼い少年が、おそるおそる蓮に近づいた。
「……おにいちゃんたち、どこから来たの?」
蓮はしゃがみ込み、優しく答える。
「遠いところからだ。君たちは、この村の人間か?」
「うん……。でもね、村はもう……」
少年は言葉を詰まらせ、やがて小さく声を落とす。
「食べものも、水もなくて……。もうすぐ、みんな……」
その表情に、リーナが思わず駆け寄る。
「そんな……!」
蓮は静かに立ち上がり、仲間たちを見渡した。
彼の胸には、かつての建国の記憶が蘇っていた。
逃亡者として追われ、荒れ果てた土地で一から国を築いた日々。
あの時も、人々の瞳には絶望が宿っていた。
だが、希望を示すことで、少しずつ変わっていったのだ。
「――よし。まずは、この村を助けよう」
蓮の声は強く、迷いがなかった。
「無限アイテムボックスから、食料と水を取り出す。農地の土壌改良もできるはずだ」
「待ってました!」
カイエンが拳を握る。
「久々に俺の土魔法が役立つな」
「わたしも、浄化の術式で水脈を探ってみます」
ネフェリスが柔らかく微笑む。
「ふふ……こうしていると、まるでまた“最初の建国”みたいね」
リーナが呟く。
蓮は頷き、無限アイテムボックスから穀物や保存食を取り出した。
瞬く間に、村人たちの視線が集まる。
驚きと戸惑い、そして僅かな希望の色。
「……これを分けよう。ただし、ただ与えるだけじゃない。俺たちと一緒に、この土地を耕してほしい」
蓮の言葉は、決して一方的な施しではなかった。
自立のための協力を求める声だった。
村の長老と思しき老人が震える声で問う。
「おぬしら……神々の使いか?」
蓮は首を横に振った。
「違う。ただの旅人だ。だが、神がいなくても……人は生きられる」
その言葉に、静寂が落ちた。
やがて、ひとりの女性がすすり泣き、幼子を抱きしめた。
希望を取り戻したように。
その夜、蓮たちは村に残り、焚き火を囲んだ。
食料を分け与え、人々と話をし、彼らの状況を少しずつ知ることになる。
「ここは“神無き世界”と呼ばれています」
長老は語った。
「かつて神々がこの地を去った時、魔法も加護も失われた。残されたのは、荒れ果てた大地と、争いだけ……」
「だから、人々は希望を失ったのね」
リーナが眉をひそめる。
「でも、それなら……俺たちがやるべきことは決まっている」
蓮は炎を見つめながら呟く。
「この地に、新たな秩序と希望を築く。神がいないなら、人が未来を作ればいい」
イリスが微笑を浮かべる。
「あなたは、どこに行っても結局“建国”に辿り着くのね」
「かもしれないな」
蓮は苦笑しながらも、胸の奥に燃える決意を隠さなかった。
こうして――
荒れ果てた大地に、小さな灯がともった。
それはまだ脆く、頼りない光。
だが確かに、村人たちの瞳に宿ったその光は、希望の始まりだった。
神のいない世界で、再び始まる建国の物語。
蓮の第二の挑戦は、今まさに幕を開けた。
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