エンゲージ・ヒューチャーガール16
慣れ親しんだ温もりを感じて覚醒する。重い瞼を開けると、見慣れた天井が視界を占有する。
上半身を起こしながら辺りを見渡す。ベッドの横にあるカーテンは開け放たれおり、朝日が差し込んでいた。
アラームの音に追われることなく起きたのはいつぶりだろうか。そうして少しの間ぼーっとしていると、段々と思考が働いていく。
窓の外に視線を向けると、いつもの都会の街並みがあった。瓦礫の山と化しているわけでもなく、高層ビルのガラスが朝日を反射して輝いていた。悪い夢を見ていたのだろうか。いや……。
光は衝動的にポケットの中を弄ると、小さくて硬いものが指先に当たった。ポケットから出してみると、小さなキーホルダーがあった。若干赤黒く汚れていたが、見間違えようもない。ツァイトから回転寿司でツァイトから押し付けられたキーホルダーだった。
あれは夢ではなかった。血の気が引いてゆくのを感じながらキーホルダーを見つめていると、聞き慣れた声が光の鼓膜を叩いた。
「ようやく起きましたか。流石に心配しましたよ。安全は保証されているからといって、タイムマシンは簡易版ですから。肝が冷えるとはこういうこt……なんですかそれ。シュールなデザインしてますね」
光は言葉が出なかった。
いつも通りの通学路を歩いていると、どこか懐かしさを感じた。数年ぶりに故郷に帰ってきた様な感覚。まるで周りを差し置いて、自分だけが変わってしまったかのようだ。そのまましばらく歩き慣れた通学路を歩いていると、学校へたどり着いた。授業が始まってから板書を取るためにタブレットを開いたが、どうにも使い勝手が悪かった。いつもの感覚で使っていると、何度か操作を間違えてしまう。だが、それもすぐに慣れてしまった。
そうして全く集中できないまま授業が終わった後に科学部の部室へ顔を出すと、部室の中はいつもより整然としていた。部屋の中には机が一つ置かれており、その両脇にパイプ椅子が4脚設置されている。壁に設置されている棚には、記憶通りに給湯器や専門書、デスクトップPCの筐体が設置されていた。部室の掃除は光がすることが多いが、掃除直後の様な整い方だった。そのことに若干、言い寄れぬ不気味さを感じていると、背後から声をかけられた。
「あれ、先輩今日は早いっすね。ラムダに配送してもらうことにしたんすか?」
後ろを振り向くと城ヶ崎がいた。見た目や仕草は間違いなく城ヶ崎そのものだったが、覚えのないことを言っていた。光は何かを頼んだ覚えもなければ、その予定もなかった。薄気味悪さを感じていると、城ヶ崎が続けて話した。
「丸岡先輩も災難っすよね。本当は今日帰って来れたはずなのに、追加の実験させられてるんすからね。……まぁ、本人は喜んでたみたいっすけど。日持ちしないお土産送ってくれるって言ってたんで、てっきりもう届いてると思ったんすけど、違ったっすか?」
そこで初めて、光は今日の日付を確認した。どうして今まで確認しなかったのかは定かではないが、今は関係ないだろう。時計は6月20日を示していた。……確か、タイムマシンが完成した日だ。明日には丸岡は帰ってきていたはず。
「ごめん、今日って何日だっけ……?」
「今日っすか。ちょっと待ってくださいね……。6月20日っすね。なんかありました?」
「いや、なんでもない。……ちょっと気になって」
気分が悪くなってきた。さっきから感じていた違和感は勘違いでもなんでもなく、自分以外の全てが変わっているのか。いや、変わっているのは自分かもしれない。総監は全て元通りになると言っていた。
「ってか、先輩なんか顔色悪くないっすか?大丈夫です?」
「……ごめん、大丈夫じゃないかも。今日はもう帰るね」
そうして逃げる様に部室を後にした。後ろから城ヶ崎の呼ぶ声が聞こえるが、そのまま歩き続ける。そうして光は帰路についた。
光は一人、未来に取り残されていた。
光が家に帰ると、ツァイトがタイムマシンに乗り込んでいた。
「……なにしてるの?」
「帰還準備です。無事任務達成できましたし、タイムパラドックスも発生しませんでしたからね。これ以上ここに止まっていると、さらなる面倒ごとが発生しかねませんから。とっとと帰るに限ります」
ツァイトの言葉に、光は唖然とした。このままではツァイトが言ってします。なんとかしなければ。
引き止めようとする理由も分からないまま、光はツァイトに声をかける。
「あ、あの!折角だし、もうちょっとだけここに居ない?」
「なんですか急に。私が居なくなって寂しくなる気持ちもわかりますが、我慢してください。これで全くの終わりだというわけでもありませんしね。また用事ができれば来ますよ」
「そうじゃなくて!ツァイト、調子とか大丈夫……?」
「なんですか、さっきから……。ちょっと気持ち悪いですよ。頭大丈夫ですか?変なものでも食べました?……心配しなくとも、私はピンピンですよ。怪我ひとつしてないです。この時代の感染症は恐ろしいですからね。医療技術の未熟さも相まって、切り傷一つが命取りです」
そこまで言ったところで、ツァイトが操作盤に体を向けた。それと同時に、タイムマシンの扉が閉まり始める。
「それでは、そろそろお暇します。報酬はあなたの銀行口座に振り込んでおきました。諸々の経費も込みですから、結構な金額ですよ。また尋ねたときには、そのときにはよろしくお願いします。……あぁ、そういえば。時空警察本部から、これを渡しておく様に言われていましたね。私としては、あまりこの時代に痕跡を残す様なことはしたくないのですが……。結構重いので気をつけて下さい」
扉が閉まっていくのをただ見守っていると、ツァイトが小さな四角形の物体を投げてきた。慌てて落とさない様に両手で受け取るが、見た目とは裏腹にずっしりとした重さがあった。ちょうど、教科書を詰め込んだランドセルくらいの重さだ。
手の中のものに視線を落とすと、見たことのあるものが握られていた。タイムマシンの中で総監から押し付けられたキューブだった。
「それは一種の記憶媒体です。USBメモリの様なものだと考えてくれれば問題ありません。まあそれだけあっても中身を見ることはできないので意味があるとは思えませんが。私も中身知りませんし。それでは、今度こそ失礼します。危ないので離れててくださいね」
「ちょ、待って!」
光の声も虚しく、タイムマシンは扉が閉まった直後にその場から消え去った。
タイムマシンが消え去った直後、光の部屋は静寂で満たされた。辺りを見渡すとレプリケーターや通信機は無くなっているにも関わらず、ローテーブルは隅に置かれており、布団も床に敷かれていた。ツァイトと二人で過ごしていた生活感が残っている中、ツァイトの存在を表すものは何ひとつ残さず消えてしまった。自分の知っているツァイトではないとしても、彼女は紛れもなくツァイトだった。
光は己の手足が冷えていくのを感じた。それと同時に力が抜けていく。手元のキューブに視線を移すと、キューブは美しく輝いていた。
そうして光の感情が、抑えきれずに溢れ出そうとした瞬間、インターホンの音が鳴った。
しばらく玄関の方を見ていると、2回、3回とインターホンが何度もなり続ける。
両足に力を込め、キューブをベッドに放り投げ、唇が乾いたまま玄関を開けると、そこにはスーツケースを手に持ったツァイトがいた。
「お久しぶりですね。あなたからすればさっきぶりですか。貴方からすれば大変残念だと思いますが、我々時空警察は貴方を保護することに決定しました。今回は運良く事態を収束させられましたが、次回もそうだとは限りませんから。嫌だとは思いますが、これから居候させていただけると……うぉ」
光はツァイトを抱きしめた。
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続きは書けたら投下します
タイムトラベル・エスケープ・シンギュラリティ @hinoki_k
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