第十章 ――映写孔の自白

 翌夜。

 ヴィヴィアン・ハートは、照明を落とした劇場の中央に立っていた。

 彼女の前にはスクリーン。

 私は最後列からそれを見つめていた。


「……あなたが、警部ね。全部、見てしまったのね」


「あなたも見た。あの夜、鍵穴の中の“あなた自身”を」

「ええ。でも本当はね、あれは私じゃなかったの」


 彼女はゆっくりとスクリーンに手を伸ばした。

 白布の上に映るのは、静止したモノクロ映像――“鍵穴”。

 そこから、もう一人のヴィヴィアンが微笑んでいた。


「マイルズは言ったわ。

 『君が演じた“メアリー”は生きている。

  彼女の魂をスクリーンに焼き付けた。

  光を通じて、再び息を吹き返す』って」


「つまり、彼は映画でメアリーを甦らせたかった」

「いいえ、もっと酷いの。

 “メアリーが甦る瞬間に、現実でも死が起きる”ように、

 物語と現実を結婚させようとしたのよ」


 スクリーンの女が微笑む。

 現実のヴィヴィアンが涙を流す。

 まるで、フィルムの中と外が交換されていく。


「マイルズはどこだ」

「……今夜、最後の上映をすると言ってた。

 “真実のためのラストカット”を撮るんだって」


 彼女の指が震えていた。

 私はポケットの懐中時計を見た。

 針は12時を少し過ぎている。

 また“あの時刻”だ。

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