第四章 ――改変をめぐる口論
翌朝、私は撮影所の一室に呼ばれた。
映画『鍵穴殺人事件』の脚本家、マイルズ・グレイが待っていた。
机の上にはタイプライターと、フィルムセメントの瓶。
机の木目に溶剤の輪が光っている。
「オーブリーが死んで、あなたは悲しいですか?」
私は率直に訊いた。
マイルズは笑いもしない。
「彼は映画を“商売”に変えた男です。
私の脚本を削り、登場人物を“魅せるため”に改変した。
真実よりも映える嘘を選んだ。……神は映写機の中にいない」
「それであなたは、真実を取り戻したい?」
「取り戻す? 違う、再演するんです。
私はあの物語を正しい形で再生し直す。
それが、あのメイド――メアリー・スチュワートへの供養です」
その名が出たとき、私は息を呑んだ。
メアリー・スチュワート。前作の犯人。
彼女の死から一年。
その名を口にするだけで、現実と虚構の境が曖昧になる。
「あなたは彼女を哀れんでいるのですか?」
「哀れみじゃない。赦しですよ」
マイルズの瞳は映写機のレンズのように光った。
「この世界はもう一度、彼女を見なきゃならない。
私のフィルムは、そのために存在する」
私は机に残る指跡を見た。
黒く、油と煤が混じっている。
――映写室の煤と、同じ匂い。
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