雨宿り

蓬田 くふ

雨宿り

 降りしきる雨。

 だんだんと服が濡れて内側に染み込んでいく不快感、眉間に皺が寄る。雨から逃れるように、一心不乱に走る。

 あいにく、道路と自然公園に挟まれた歩道沿いには、雨宿りできそうな建物はない。交通量の多い道路は水の跳ねる音が加わり、一層うるさい。

 まずい、このままだとリュックの中のパソコンも濡れる。

 どんな小さな屋根も見逃さないよう、いつもの通学路を注視する。

 

 あっ。

 

 道を曲がった先に、小さなバス停が見えた。しかも屋根付き。

 よし、いいぞ。

 雨宿りするついでに、バスが来たら乗って帰るか。

 ピシャピシャと足もとで跳ねる水の音を聴きながら、屋根の下へ駆け込んだ。

 もう、雨粒は襲ってこない。

 濡れて額にくっついた前髪をかき上げ、リュックを肩から下ろしてチャックを開ける。

「セーフ。」

 リュックの上部はしっとりしているが、中身は無事だ。

「お、太陽じゃん。」

 知っている声が自分の名前を呼ぶ。

「うわっ、びっくりした。」

 驚いて顔を上げるとバス停のベンチに同居人が座っていた。服や髪は乾いている、というよりは最初から濡れていないようだった。

「なんだ、つき兄さんか、驚かせないでよ。」

「え、普通に呼んだだけだよ。」

 兄さんは眼鏡の奥の目を細めて笑う。

「今帰り?」

「おう、傘さして歩くの疲れたから、バスで帰ろうと思って。お前、濡れてるけど――」

 兄さんの横には、濡れた傘が立てかけてあった。

 あれ?

「兄さん今日授業早く終わる日じゃなかった?」

 たしか、共有したスケジュールはそうだったはず。

「んー、ちょっと友達とだべってたら遅くなった。」

 兄さんは間延びした声で答える。眼鏡にはスマホの画面が青く反射していた。

「ふーん。」

 適当な返事に納得しきれないまま、月の隣に座る。一旦スマホを出して、友達のチャットに返信しようとしたけど、モヤモヤして気が散る。なんだか、置いていかれたみたいで嫌だ。

「いるなら連絡して、一緒に帰りたい。」

 やっぱり我慢できずに不満を漏らす。

「ふふ、ごめんごめん。」

 いきなり不機嫌になった俺の顔を覗き込み、あやすように慰める。重い前髪の下に隠れた瞳が俺をまっすぐ見ている。

 自然と口角が上がってしまう。でも、まだ不満だったから、兄さんの肩に濡れた服のままもたれかかる。服越しにじんわりと熱が伝わってくる。

「……バスあと何分で来る?」

 何となく月に尋ねてみる。きっと照れ隠し。

「15分ぐらい。」

「長いな……。」

 車が水しぶきを上げながら走る。雨足が弱まる気配はない。後でやらなければいけないことを頭の中で考える。

 帰ってすぐ洗濯機回したいな、レポート書くのも覚えとかないと。そうだ牛乳切れてた。

「この後スーパーの前で降りよう。」

「おーけい。」

「なんか食べたいものある?」

「うーん……、麻婆豆腐。」

 今日は珍しく、シンキングタイムが短い。

「あ、いいね。今日それにしよう。」

「やったねー。辛いのがいい。」

 俺より少し低い声の兄さんが子供みたいにはしゃいでいる。ちょっとおかしくて笑ってしまう。

「ふふ、そうしようか。」

 バス停に少しずつ人が集まる。小さな屋根はそこで待つ人々全員を雨から守ることはできない。

 

「あ、来た。」

 人を待たせているくせに、ノロノロとした運転のバスが近づいてくる。バスの電光掲示板には臨時の文字が光る。ベンチから立ち上がったら、兄さんとタイミングが同じだった。

「お、あんまり混んでないな。」

 俺の顔を見上げる兄さん。さっきからテンション高いね。

「座ろ、座ろ。」

 バスの後ろの席が空いていたから、二人でそこに座る。それなりにタッパのある男二人には少し窮屈な席ではあるが、横にいるのが月だから何だか嬉しい。後から乗り込んだ人たちであっという間にバスの中はいっぱいになった。車内の空気はかなり湿っていて、涼しいがあまり居心地の良い空間ではない。

『発車します。ご注意ください。』

 結露した窓を通して、白く霞んだ景色が見える。大きな雨音はエンジンの音にも負けていない。

 しばらく走行の振動に揺られていると、膝の上でリュックを抱えていた右手が月兄さんの左手に絡めとられる。兄さんの手は温かくて、握る力は優しい。兄さんの膝の上でその手をぎゅっと握り返す。

 兄さんの顔をのぞき込むと、こっちを見て、いたずらっぽく微笑む。

 かわいい。

 胸がきゅうっと締まる。思わず笑ってしまう。

 わかるよ、兄さんが律儀に俺を待ってたことくらい。ほんとに、俺のことが好きなんだね。

 ああ、可愛くて食べてしまいたい。

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雨宿り 蓬田 くふ @yomogidaaaaaa9695

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