第8話 街のくまさん

 材木の山が連なる一角――旦那衆と呼ばれる大店の一つ「大角屋」はあった。

 街の棟梁たちを束ねる大棟梁だいとうりょう。その名を知らぬ職人はいない。

 風にのって木屑の匂いが流れてくる。カンカンと釘を打つ音と、ノコの音、どやすような大声。

 大店というより、木の要塞みたいな場所だ。


「さっきも言ったけど、交渉はお願いね。私はあくまでも”鍛冶屋ガジンに頼まれた魔術師”としているだけ」

「わかってるよ。あんたにそこまで面倒をかけるつもりはねぇ。ここまでついてきてくれただけで感謝している」

「まあ、手を出した手前ね。じゃあいこうか?」


 開け放された作業所にガジンを先頭に入っていく。

 作業所では長い角材を削り出す職人や、カンナで整えてる人。石材や煉瓦を運ぶ人々で溢れかえっていた。


「棟梁はいるか?」


 ガジンが声をかけると、青年は足を止めて振り向いた。


「はい? あ、ガジンの旦那じゃないですか。どうしたんです?」

「おう、久しぶりだな。棟梁は今どこにいる?」

「大親方ですか? 今、奥の作事場で図面見てます」

「なるほど、ありがとよ」


 青年が去っていくのを見送って、私は小声で言う。


「顔が広いね」

「まあな。俺のところでは金具や釘も扱ってるからな」


 なるほどと頷きながら、言われた作業所の奥にある扉をくぐると、事務所のような空間につながっていた。

 廊下とつながる部屋では、そろばんを弾く者や、図面に筆を走らせる者の姿が見える。

 その一番奥の部屋に大店の主――大角屋の旦那が座っていた。熊のような男という表現はよく耳にするが、かれは文字通り熊だった。

 茶色い毛皮、丸い耳。大きな口。熊の獣人だ。


「すまねぇ、急ぎの用だ」


 ガジンの声に、掛けていたメガネを外すと、立ち上がり招き入れられる。


「珍しいね。今月分の依頼を出そうと思ってたから丁度よかった。そっちは?」


 二メートル半。こちらでいうところの二メロ半というところだろうか? ゆっくりとした仕草で、応接用の椅子に案内される。


「知り合いの魔術師でな。入り用なんで連れてきた。大角屋一番頭、シドンの旦那だ」

「はじめまして」


 会釈をすると、会釈を返される。この一体の大工で一番偉い人間というから横柄な人間を想像していたが、どちらかといったおっとりとしたタイプに見える。

 巨体に合わせて専用に大きな椅子が設けられてはいるが窮屈そうに見えた。


「それで、要件というのは?」


 きりだされ、ガジンは懐から小さな布包みを取り出し、机の上に置いた。

 中には、魔石が二つ。左が”普通の魔石”。もう片方が”例の魔石”だ。


「簡単に言やぁ、商人が扱っている魔石の中に危ないもんが混じってた」

「危ない?」

おきとして使うと弾け飛ぶ。ダジンがそれで大怪我をして寝込んでる。すまねぇが、そいつを売った商人と話し合いの場を設けちゃくれねぇだろうか」


 旦那が眉をひそめる。


「ガジンさんの腕を疑うわけじゃないんだけど……取り扱いを間違えたって訳じゃないんだよね」

「看板にかけていい。違う。魔石が原因だ。こっちは普通の魔石、こっちが問題の魔石。見た目じゃわかりにくがこいつが言うには魔力の流れが違うとのことだ」

「説明してもらっても?」


 促され口を開く。


「普通の魔石は魔力が安定している。馴染んでるといってもいい。けれど、こっちの魔石は魔力が不安定なんです。割れると一気に魔力が放出されるのを見ました。私自身火に焚べたところを見たわけではないのですが、事故が起きてもおかしくない」

「売り先が俺のところだけってのは考えにくい。似たような話はあがってきてねぇか?」


 考え込むように目をつむり、頭を振るとシドンはゆっくりと口を開く。


「二、三日預からせて欲しい。悪いようにはしないから。ガジンさんとこと、商人だけの話では済まない事になりそう。できるだけ急ぐけど、長丁場になることを覚悟しておいてくれないかな」


 心当たりがあったのだろう。現代でいうところの集団訴訟とかそーいうのに発展するのだろうか?


「仕方あるめぇよ、相談ついであと一つ世話を焼いてくれねぇか。タジンはすぐに仕事に戻れそうもねぇ、炉の方も壊れちまってな。つなぎの仕事をくれねぇか」

「うーん……。炉修理は時間がかかりそうなの?」

「いや、まあ五日もありゃ直るだろう」

「だったら、逆にこっちから人を送るからそれでしばらく凌いでくれないかな? 今月分の依頼もあるし、他に流すとあとが面倒くさいんだよ」

「そりゃ助かるが、手当はあまりだせねぇぞ?」

「いや、人足の分はこっちで見るから心配しないで。原因究明に一役かってくれたお礼だよ。人死にが出る前でよかった」


 話がまとまり店を出ると、陽が傾き始めていた。通りを渡る風が夕餉の匂いを運んでくる。


「あー昼飯を食いそこねた。おめぇさんも悪かったな色々突き合わせちまって。腹へったろ、大したものはねぇがウチで食ってけ」

「ガジンが作るの?」

「いや、同居している弟の嫁さんが作ってくれてるだろう。ああ、気にするな、人間の娘っ子が一人増えたぐらい変わりゃしねぇからな」


 ドワーフ料理だろうか? 聞けば弟さんを追って故郷の村から出てきた押しかけ女房らしい。二人には娘さんが一人と、息子さんが二人いるそうだ。

 あいつ顔だけはいいからなとはガジンの話で。ドワーフの顔の良し悪しが分かる気はしなかったので頷くに留める。

 今日一日の面倒ごとの報酬がドワーフ料理というのは悪くない報酬だろう。あちらでは金を積んだって食べれやしないのだから。

 何が出てくるのか楽しみだ。

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異世界に、地球仕立ての魔女をひとすくい添えて もずくの天ぷら @t_mozukuno

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