第7話 ふしぎなふしぎな魔石ちゃん

 ゴブリン退治の翌日、市場調査という名目で市場に買い出しにでかけることとした。

 嗅ぎなれない香辛料の香り、露天商の呼び声、山のように積まれた色とりどりの野菜や果物。樽に入れられ、塊で売られる塩漬け肉。


「賑わってるぅ」


 引っ越しの挨拶がてら、ご近所さんに教えてもらった市場へ向かうと、朝早いというのにすでに大勢の人で賑わっていた。

 つられて声をあげてしまう。

 通りの左右には、露店のような簡易な店がずらりと並び、色とりどりの日よけ布が風に揺れている。

 並んだ品は実にさまざまで、値札のあるものもあれば、まるで交渉前提のように値札のないものも多い。

 用途のわからない木製の道具や、見慣れたザル・鍋・金槌まで――雑多な品々が所狭しと積まれ、そのひとつひとつに目が引かれてしまう。

 お財布の余裕はないのだけれど、あーこれは仕事頑張んないとだなぁーと物欲に負けた駄目な人間に成り下がる。

 そんな喧騒の中、ひときわ大きな声が響いた。

 人々の視線が一斉にそちらへ向かう。


「ウチの店の商品にケチつけようってのか!」


 なんだろうか? と野次馬根性で見に行くと鉱物を取り扱ってる商人と、その客らしき人間が揉めていた。


「ふざけるな! ケチな商品を売りつけたのはお前だろうが!! 炉に入れた途端はぜやがった! それも二度だ! よく見りゃ石がくすんでやがる! 見てみろ! 先週お前んとこが売りつけた石がこれだ!!」

「他のとかわりゃしねぇじゃねぇか!! 自分が取り扱いを間違えたのを人のせいにしてんじゃねぇ!! 大方入れる量を間違えて熱をあげすぎただけだろうよ! よくある話じゃねぇか」

「んな訳あるか!! ドワーフが炉の管理を間違えてたまるか!!」


 なるほど。背がやけに小さいと思ったらドワーフなのか。

 元の世界では希少種族で、ついぞ知り合う機会を逃してしまっていたが、この世界では普通に暮らしているらしい。感心しながら様子を見ていると、声を張り上げる二人のまわりに、徐々に人の輪ができ始めた。

 ドワーフは鍛冶屋らしく、焼けた肌に分厚い皮の前掛けをつけ、太い腕を振り上げて今にも殴りかかりそうな勢いだ。

 対する商人も負けじと口を開いているが、もし暴力沙汰になれば分は悪そうだった。


 それにしても、ドワーフが手に持っているあれは……魔石か?

 魔晶石、精霊石、奇跡の石、色々呼び名はあるけれど、私の知っている魔石であれば、まかり間違っても露天で売っていい商品じゃない。

 地脈や龍穴などで鉱物が稀に変化を起こし生成されるもので、指先ほどの大きさでも最低落札価格は百万から。

 かつて、水晶の原石が変化して生まれた一キロの魔石に数百億の値がついたのを見たことがある。

 魔力が平均して高いこの世界なら割とザクザクと取れたりするのだろうか?


 視線を向けると、露店には他の商品と並んで魔石が無造作に並べられている。

 ドワーフが”売りつけられた”と言った物も、確かに魔力を帯びた魔石のようだった。

 魔石で間違いはない筈なのだが――炎のように魔力が揺らめいていることが問題だった。

 露店に並べられている魔石は、魔力が石の表面を包み込むように安定しているのが見て取れる。

 その性質は、私の知っている魔石の特徴と一致している。

 だが、ドワーフが”売りつけられた”と言った魔石は魔力が安定していない。この世界では一般的なものなのだろうか。それとも、彼の魔石だけが特別なのだろうか。


 気にはなる。けれど、この騒ぎの中に割って入れば、目立つこと極まりない。

 治安組織の人間が到着しても、ドワーフはなお食い下がっていた。だが、捕まりかけたところで悔しさを押し殺すように手を引き、背を向けて去っていった。

 そこで騒ぎが収まり、市場は元の活気を取り戻していった。鉱物売りの商人もまた商売に戻っていく。


「すみません、少し見せてもらってもいいですか?」

「ああ。勝手にしな」


 気が立っているのか愛想もない返事で捨て置かれたが気にしない。

 木箱に積まれた魔石の魔力はやはり安定している。


「なんでだろう? くすんでるっていってたけど、色味は――個体差かな? 関係なさそう」

「あ? あんたも難癖をつけるつもりか?」


 手に取りじっくり観察していると目をつけられてしまった。怒られたばかりの今日だというのもあるし、この店主の様子では質問しても素直に回答が返ってこないと踏んだ。

 となれば当事者はもう一人。ドワーフの彼はどっちにいったっけ? と後を追うことにした。

 行方を追うと、しばらくして市場の外れの道端にうなだれるように座ってる姿を見つけることができた。

 足元には例の魔石が置かれている。


「ちょっとすみません、それ見てもいいですか?」

「あ? なんだあんた。――さっきの騒ぎでも見てたのか? やめとけ厄介者ハーフリングは火を広げるって奴だ」


 声をかけると、怪訝そうに私を見上げたあと、足元の魔石を拾い払うように手を振られてしまう。


「でもまあ、火事と喧嘩は江戸の華っていうじゃないです? 火事は大きい程面白いですよね?」

「……本当にあんたなんだ? 人間に見えるが実はハーフリングなのか?」


 適当なことをいって立ちあがり去ろうとした足を止めることに成功する。いや、なんか火事をみてやけにすっきりしたような記憶がうっすらあって。あれ? 私、放火とかしてないよね?

 少し不安になったが、今は魔石だ。


「露店で売られてた魔石と、その魔石、魔力の流れが違うんですよね。これってよくあることなんですか?」

「あんた魔術師か?」

「いえ、魔女です」

「魔女……? はっ、なんだそりゃ。まあいいさ、どうせやることもねぇ。勝手に見てろ。俺は魔術だなんだってのは詳しくねぇ、そっちでやんな」


 変わり者の魔術師だとでも思ってくれたのか今度は素直に魔石を渡してくれた。

 炎のように魔力が昇る。形成中の魔石なのだろうか? これではやがて霧散してただの石に戻ってしまうだろう。

 魔石は劈開面に沿い魔力が流れ、何らかの理由で閉じ込められ、それが幾層にも重なった結果生じるものだったか? 古い基礎教育の内容を思い出しながら立ち上る魔力の源を探そうと邪魔な魔力を払い、筋のようにいくつも走る魔力線を見つける。


「あれ? なんか変。絡まってる? うーん?」


 あ、だめだ。これは錬金術とか科学とかそっち分野やつだ。石の成り立ちとか、地質学とかそんな感じの。劈開面が絡まりあった糸みたいになることあるんですか? 誰か―詳しいひとー。

 そもそも一般的に言われていた魔石の成り立ちがこの世界でも通用するとは限らない。


「なんかわかったか?」


 唸る私にドワーフは聞いてくるが、申し訳ない。色の良い回答は返せない。


「すみません、魔力線が……あー、劈開面って伝わるか? うーん、普通は石が割れる方向に沿って魔力が走るお陰で、層みたいになるもんなんですが、これはそれが絡み合って糸みたいになってるんですよね。だから層にならずに表面に浮き出てる? 多分。それ以上は何も」

「なんだそりゃ。たしかに、石には割れる方向ってのがありゃするが……。――なあ、それは石が割れる方向が絡み合ってると言ってるのと同じことか?」

「んーっと、鉱石や鉱物系統に詳しくなくって。ただ魔力の流れからするとそうなるかな? 確実なのは魔力が絡まってるとしか」

「あんた、時間はあるか? 少し工房にきて欲しい」

「いいけど、役に立つかどうかは……」

「それは俺が考える。こっちだ」


 なにか思い当たることでもあるのか、急ぐように腕を捕まれずんずんと先へと引っ張られる。





 市場を抜け、いくつかの路地を折れていくと、喧噪が次第に薄れ、金槌の響きや木を削る音が代わりに聞こえてきた。

 そこは、職人たちの息づく通り――職人街とでも呼ぶべき場所だった。

 老人黙々と籠を編む隣の家の軒先には、焼成前の陶器が何段にも重ねた板の上に並び、白い土の粉が風に舞っていた。

 削り屑の混じった土の匂い、湿った木と炭の香りが、路地の空気に溶け込んでいる。

 その通りの奥、煉瓦を積み上げた建物の前で、足を止めた。


「ここが俺の工房だ」


 そう言って、分厚い扉を押し開ける。

 中はひんやりとした空気に包まれていた。

 炉には火がなく、暗がりの中でその大きな丸いドームが静かに眠っている。

 壁際には大小三つの金床、吊り下げられたやっとこ、身長ほどもあるハンマー。

 隅には、黒い水をたたえた石の水舟――焼き入れに使う槽があり、その傍らには炭を詰めた麻袋が積まれている。

 物は多いが、どれも手が届くよう整えられており、無駄がないように見える。

 物珍しさに見回していると、ドワーフは壁に立てかけてあった箒を手に取り、床の鉄粉を掃き集め側に寄せる。


「そういえば、私はユウリ。名前を聞いてもいい?」


 いつまでもドワーフドワーフと呼んでは失礼だろう。


「ああ、名乗りが遅れてすまんな。俺は『ラナ谷の赤銅の息子、緑青石』。こっちではガジンと名乗っている」

 

 聞き慣れない音が混じったがドワーフ特有の言葉か方言なのだろう。よくよく聞けば意味がわかる。魔術を使ったわけではない。この体特有の機能なのだろう。注意しておかないと厄介な事になりそうだ。

 謎を追ってるうちに気になることが増えてしまった。まあいい、後回しだ。

 ガジンね、ガジン。

 さっそくで悪いがとガジンは奥から木箱を二つ抱えて持ってくる。


「魔石?」

「そうだ、こっちが先週買い付けたもの。もうあまり残っちゃいねぇがこっちがその前に買い付けたものだ。一度混ぜちまって、あとから分けたんでまだ混じったものもあるかもしれねぇが」


 がりがりと頭を掻きながら示された箱の中にはゴロゴロと魔石が放り込まれている。

 左の箱の魔石は魔力が揺らめいている、右の箱は落ち着いている。二つ三つ混じっているが、紛らわしいので分けておいた方が無難だろう。


「これと、これとこれはこっちに。あとこれはあっちに」

「ああ、確かにこれはこっちだな」


 特段意味のある行為ではなかったが、ガジンはそれを手に取り、丹念に確かめると、納得したように箱へ戻した。


「魔術は詳しくないて言ってたけどわかるの?」

「魔術はな――だが、これは鉱物だろ。ドワーフの領分だ。もっとも、こうやって並べてみなけりゃ分からねぇようじゃ自慢にもならねぇ」


  鼻を鳴らして不満げに言われたが、私には物理的な違いは分からないので感心するばかりだ。


「それで私はこれをどうしたらいいの?」


 分析・解析はさっきやったのが限界だ。場所を変えたところで変わらない。工房といっても測定機や解析機があるわけではないし。


「まあ見てな。危ねぇから少し離れとけよ」


 言うとガジンは壁に吊るされていたタガネと小槌を手に取る。

 つづいて、金床の上に魔石を置き、タガネを当てて小槌を振り下ろした。

 澄んだ音が響き、魔石は狙いすましたように綺麗な断面を見せて真二つに割れる。


「不純物はまあまあ多いけど、普通の魔石って感じだね」


 割ったのは魔力の安定している方。

 渡され、割れた石を観察してみる。細かな粒がきらめいて一見美しいが、不純物が多く、宝石としての価値はほとんどない。

 とはいえ魔力量はそこそこ。魔術補助に使うなら及第点といったところか。断面にも、特筆すべき点は見当たらない。


「次はこいつだ」


 次に問題となった魔石を金床に乗せると、最初とは違い慎重にタガネを当て小槌を振り下ろす。

 すると石は大きく四つに割れ、細かな破片が飛び散った。

 瞬間、魔力の燐光がほとばしる。


「魔力が?」


 思わず魔力の先を追うが空気中に霧散し解けていったようだ。了解を得て欠片の一変を拾い上げるが、魔力は残っておらず、綺麗な石に過ぎない。

 ただ、先程の石よりも不純物は少ないように見える。


「やはりな……」


 なにかに合点がいったようにそれから、二つ、三つと割っていくがどれも同じような割れ方をするものばかりだった。


「割り方の問題?」

「そう見えるんだったら、おめぇさんは鍛冶屋につくのは諦めた方がいいな」


 ですよねー。欠片を眺めるガジンはぶつけるようにし音を確かめたり、擦ってみたりとひとしきり魔石の様子を確かめると問題がある方の魔石の欠片を木桶に入れると隅の方に追いやる。


「最初の魔石は"普通"の魔石で間違いねぇな?」

「うん、間違いない。こっちのは”ちょっと様子のおかしな”魔石だね」

「おめぇさんにはこの石はどう見えた?」


 指し示すのは魔力が不安定な方。


「割れた時に魔力が一気に解放され、その後はただの石に戻ったように見えた。安定しない魔力を一気に使い果たした感じだね」

「なるほど……それでか。気づいているかは知らんが、俺はこいつの目を狙って割ったつもりだ。細かい目がいくつも走ってるがその中でも一番大きな目だ。それでもこいつは割れるんじゃなく砕けた。表面に見える目とは異なる方向に目が走ってる証拠だ。こういう石は狙ったように割ることはできねぇ。だがそれよりも一番の問題は魔力だな。お前さん鍛冶屋が魔石をどういう風に扱うか知ってるか?」

「何か道具に加工するとか? アミュレットとか……」

「ま、そういうこともするやつはいるが……。あまり実用性のないもん俺は好かんのでな、ここではおきとして使っちょる」

おき?」

「今は見せられんが、炭だけではどうしても熱が足らんのでな、魔石を足して温度を上げる。その時入れる魔石を俺等はおきと呼んどる」

「魔石を燃料にしてるってこと? 贅沢な」

「まあ、値は張るがな。温度を上げるだけだ。使う量はそう多くはない」


 値が張るで済むのか。魔石を投機対象としているトレイダーが聞けば卒倒しそうな話だ。

 ガジンは火箸を手に取ると炉の方へ向かい、燃えさしをかき出す。すると灰の中からコロリと煤けた塊がでてきた。


「こいつに魔力は残ってるか?」

「んー、いやないね。使い果たした感じだ」

「俺は魔術は知らんがな、それでも分かることはある。熾は燃え尽きればただの石に戻る。魔力を使って温度を上げてる証拠だ。そして、石は熱すれば割れる。割れた時に魔力を一度に解放するんじゃあ、弾け飛びもするわな。普通の魔石は割れても魔力に変化がないのに、こいつは一気にいくんだろ? しかも割れ方が嫌らしい。目がてんでバラバラに走ってるせいでこいつは勢いよく割れる。結果がこれだ」


 よく見れば炉には大きな亀裂が走っていた。いたわるようにガジンはそこを撫でると深い溜息をついた。


「さりとて原因がわかったところで、あの商人は認めやしないだろう。炉は修理すりゃいいが、弟がな……」


 聞けば鍛冶は弟と二人でやっていたらしい。炉が壊れるほどの爆発だ。ガジンは運よく避けることができたが、弟の方は弾けた魔石が腕にぶつかり、骨折とやけどで今は療養中とのこと。

 そりゃ怒鳴り込みもする。下手したら死んでた。


「熾として魔石を使ってるのは俺だけじゃねぇ。あんときはカッとして飛び込んじまったが、まずは旦那衆に話を通すとするかね。そっから商人ギルドを通してってところか……」


 旦那衆というのはこの職人街の中でもまとめ役として大きな看板を掲げている店主のことを言うらしい。

 すまねぇが同じ説明を旦那衆にもしちゃくれねぇかと頼まれ、乗りかかった船ではあるし、結果が気になりもするので引き受けることにした。

 この魔石って結局のところなんなのだろうか?

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