第6話 四分六のジョッキ

「じゃあ、きっちり四千八百ルベ。売りたいものがあれば、買い取り窓口へ。今はププル草が少し高めだね」


 ギルドの窓口で恰幅のいい女将さんから報酬をもらう。窓口は朝よりも空いているが人が途切れることはない。大盛況だ。

 指し示された先は石造りの部屋で、大きく開かれた間口で皮のエプロンを着た男と小さな少女が訪れる人々と交渉を行っている。

 買い取った商品は男が奥に運び、金銭の受け渡しは少女が行うようだ。一部木札を受け取っている人間もいたが、何に使うのだろうか?


「このあと時間はあるか?」


 日が落ちるまであと一時間といったところ。うなずく私に、ルドはついてこいと合図を送ると先へ行く。

 ギルドの扉をくぐり、先を行くルドは賑やかな夜通りに向かう。私も遅れじと後方を追うも、物珍しさについ視線が左右に揺れてしまう。見たこともない色とりどりの野菜や、古めかしい道具。古着を扱っているらしいお店。

 商業区とでもいったら良いのか商店が立ち並び、商人や買い物客で賑わっている。


「腹は空いているか?」


 視線の端で問いかけるルドに頷くと、じゃあ決まりだな続けると、そこから二、三ブロック歩いた先の食事処と思わしき店の前に立つ。他の店と同様赤レンガの建物で、開け放たれた茶色い扉は年季が入っており所々剥げている。

 そこから覗く先は、カウンターとテーブル席が幾つか、酒も提供する場所なのだろう。赤ら顔した客の騒がしい声が店の外まで響いてくる。


「いらっしゃい」


 店に足を踏み入れると、給仕係であろうそばかすが散った愛嬌のある赤毛の女性がエプロン姿で出迎える。両手には料理を抱え、運んでる途中のようだった。

 特に席を案内される様子はなく、ルドは視線だけで女性に返事を返すと空いているテーブル席へさっと腰を下ろす。それに習い、私も真向かいの席に腰をおろした。


「上品な店じゃないがな、味がいい」


 言葉通り、雑多な雰囲気で様々な客がいる中、私達のことを気に留める人間は誰もいなさそうだった。


「なにかオススメはある?」


 メニュー表が壁に備え付けられてはいるものの読める筈もなく、素直に聞くことにする。


「酒は飲むか? なら、果実水を二つ、それとルイルヒの煮込みとポム芋のフライ。いいか?」


 飲まないと首を振り、それで良いと頷くのを確認すると、ルドは通りがかった女性に注文を伝える。

 それを見送り、疑問を口にする。


「ねぇ、ルイルヒってなに?」

「お前……次からは注文する前に聞け」


 やや呆れ顔のルドに、だってねぇと返す。どれもこれも分からないものだらけなのだ。その場その場で確認していては日が暮れてしまう。手が空いたときに確認するのが効率的だろう。

 そんな私の気遣いに一つため息をついてルドは律儀に説明してくれる。


「ルイルヒは川魚だ。大きな魚でな、1メロ半ぐらい。ちょうどこのぐらいのサイズだな。それを切って煮たやつと、ポム芋はまあ芋だ」

「なるほど、ありがとう」


 ルドが両手を広げたサイズ、一メートル半ぐらいの魚ということはわかった。細いのか太いのか、癖があるのかないのか、それは分からないがまあ食べてみればよい。幸い、この体は頑丈にできている。多少の毒は問題ない。


「そんな変なものじゃないから安心しろ」


 こっそり覚悟を決めていると、付け加えられた。


「長さの単位は1メロが標準?」

「標準というか、1メロの千倍が1ユロ、逆に100分の1が1リロ。1リロの10分の1が1チロ」

「なるほど」


 1メロ≒1メートルぐらいでみていて大丈夫だろうか? 他の単位もおおよそ同じというのは人間の生活上で便利に使おうと思うとそのぐらいの単位になるのだろう。十進数なのもありがたい。


「ところでお前は明日以降どうするつもりだ?」

「うーん、決めてないけど、まあのらりくらりと? 細々と? 悠々自適に風の吹くまま気の向くままに?」

「風なぁ……」


 行儀悪くテーブルに肘をついたルドは考えるようにあごをさする。


「そう、風みたいにね。何にも縛られずそう生きていけたらいいなって思った? 思ってたと思う?」


 本当? そうだったのだろうか? 私は――に縛られて、それが苦痛だった?


「おいおい、自分のことだろうがよ」

「あー、事故で記憶を少し失ってて」

「そりゃ……大変だったな」


 ちょうど運ばれてきたルイルヒに気を取られておざなりになった返事に、ルドは気の毒そうに返す。いや、そんな深刻な問題じゃないけどね? 私にとっては。世界にとってどうなのかは知らない。

 思うのだけれど、ルドは砕けた口調や粗雑な服装の割にお行儀の良さのようなものを感じる。ただの人の良さではなく、どこか「良いことは善いことである」と習慣として持ったような……。


「骨に気をつけろよ」


 ほら、こういうところだ。取り分けついでの言葉だが、声に善意から響きを持っている。人の世話を焼く人間特有の押し付けがましさがない。

 だがしかし、食べやすく骨の少ない部分をわざわざよこしてくるあたり、単なる子供だと思われている可能性は否定できない。


「……ありがとう」


 引っかかるところがないと言えば嘘にはなるが、ここで反抗できるほど子供ではないので礼を述べるに留める。

 ルイルヒに続き、ほどなくしてポム芋のフライが木の皿に盛られやってくる。

 ケチャップが欲しくなる味だ。そう思いつつまんでいたところで、「なぁ」とルドが口を開く。


「説教するつもりもねぇし、聞き流してくれて構わないんだが……。なんつーか、お前、あまり他人を試すな。それと自身を雑に扱うのをやめろ」


 あからさま過ぎたか? と自身の行動を振り返り、そうじゃないと訂正する。ここは、あまりにも彼に頼りすぎた自身の行動を反省すべきところだ。


「ごめん」

「いや、そうじゃねぇ。こういうのは本当に柄じゃねぇんだがな……。必要以上に手の内を明かして反応を伺うってのは必要なときもあるだろうさ。だがな……お前の行動は、自分の身を軽く扱ってるからだろう?」


 図星だ。よく人を見ている。

 そこでルドは一呼吸置き、視線を逸らさずに私を見据え、続ける。


「大概のトラブルを乗り越える力があるのはわかるが……その先の人生は、禄なもんじゃねぇぞ」


 瞳の奥に煤けた灰のような影がみえた。


「ありがとう。そしてやっぱりごめん。あなたの善意を利用したことに対して謝罪する」

「気にするな。それぐらいのしたたかさがないと逆に不安だ。エール一つ頼む」


 疲れた表情をにじませながら、ルドは追加で酒を注文する。酒でも飲まないとやってられないということだろう。肩身が狭い。禄でもない人生がもうきているきがする。

 だが、そんな自身の後悔を滲ませれば余計な気を使わせるだけであろうことは明白なので、努めて冷静を装い目の前の食事に手をつけることに集中する。

 ルイルヒは川魚といっていたが蛋白な白身で、一緒に煮込まれた香辛料や野菜とよく合う。スパイスが効いていて、味は強めに感じるが好みの問題だろう。

 確かに味がよい店というだけはあると思いながら食べていたら油断した。

 

「辛っ……! 何これ、赤いやつ! うう……苦手かも……」


 ドライトマトかと思って噛んだらとんでもなく辛い。舌がヒリヒリする……。スパイシーな味付けだなと思ってはいたがこいつが原因か。

 

「もう少し殊勝な態度もたせられねぇのかよ。食べねぇで脇にどけとけ。グンドゥだろう。食べない奴が多い」


 よく見ればルドの皿の端にも似たような奴がどけられてる。唐辛子みたいなものか、辛い。


「水欲しい……」

「自分で頼めよ……。すまねぇが、果実水もう一杯。それと何か甘いものを一皿」


 果実水で舌を洗い流すが辛い。足りない水のおかわりをお願いしたところで気を利かせてデザートを注文してくれた。

 どうしよう、見えない負債が溜まっている気がする。


「ツケにしておいて?」

「何をだ。それにしても本当に初めて食べるんだな。そんなに珍しい料理でもない筈なんだが。あー、そういえば、記憶を失ったって言ってたな。それのせいか?」


 ルドが言外に指しているのは、私の知識のなさのことなのだろう。

 逆説的にルイルヒとグンドゥを組み合わせた料理は、ここでは誰でも知っているということだ。


「関係なくはないけど少し違う。どこまで言っていいのかわかんないから秘密」


 魔王とか豪語していた人間が作った体に、異世界人の魂を入れ込んだ存在だと言ってもいいのだろうか? だめだ、多分説教される。


「まぁいいけどよ、少しは取り繕え」

「できたらやってますぅ」


 嘘というのは真実を一割入れねばならない。だが、一つしかないらしい真実を私は知らないのだ。

 ことりと置かれたのは粉を練った生地に砂糖をまぶした菓子。熱い揚げ菓子は痛む舌には厳しいが、美味い。

 風味付けに入っている香ばしい香辛料が癖になる。


「迷惑ついでにお願いしたいことが」


 合間合間に冒険者の手引と一般常識に対するアドバイスを受け、食事を終えたところでそう切り出すと、ルドは肩をすくめながら返事を返す。


「面倒なことじゃなけりゃあな」


 肩をすくめ気安い返事に


「分け前はいらないから、しばらく手伝わせて欲しい。このままじゃあ、知らないことが多すぎて自分の身を守ることもままならない」


 魔女がどういう扱うを受けるのかも、強すぎる力がどういう人間を呼び寄せるのかも分からない。いざとなれば力尽くで逃げればいいと思っていたが、それは叱られたばかりだ。


「煩くいった手前だ。問題ない。だが、取り分は今回と同じ……いや、四分六ってところか? 一割は手間賃だと思ってくれ。ただし、お前がいいと思ったら継続して付き合ってくれると助かる。あんたは腕が良い。腕のいい魔術師にツテがあれば何かと助かる」

「ありがとう」


 ルドは礼に対していらないというそぶりを見せると、ジョッキを傾け一気に飲み干す。


「お前は人をもう少し疑え、魔術師ってのはお前が思ってるよりも希少だ。恩に着せて無茶を押し付けてくる可能性だってある。今までの会話が全部仕込みだってこともある」

「うーん。これでも人の見る目はある方だと思ってるんだけどね?」

「そうだといいんだがな」


 信じていない口ぶりで軽く肩をすくめると、ルドは勘定をといい席を立つ。こういうときの支払いってどうするのだろうか? 席で払うのか? カウンターにいくべきか? 経験の少なさが遅れを取る。

 世話を焼いてもらったらお礼も兼ねて多めに払おうとしたが断れられ、気持ちだけの代金を受け取るに終始される。


「稼ぎが少なかった人間に多く払わせられるか。気にするな」

「ありがとう」


 次の約束を取り決め、別れる。

 振り返り、色々反省が必要だと思いながらも良き出会いだったと、感謝する。

 

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