第5話 タレ派?塩派?

「もって帰るのも天気が良すぎるな。ここで食べてしまうか」

「いいね!バーベキュー大会だね」


 洞窟を出て荷物をおいた低木の近くで、相槌を打つと、ルドは首をかしげた。


「故郷の祭りか何かか?」


 大陸向こうは故郷とはいえないのだが、世界レベルでみれば故郷なのかもしれない。


「由緒正しい肉の祭典だよ」

「そうか」


 肯定も否定しない答えに、ルドはさして興味はないのか気のない返事をすると、その辺に落ちていた石を並べかまどを組んでいく。器用なものだ。

 このあたりの地面はやや乾燥気味で、下生えも薄く大きな木は望めない。薪代わりに低木の枯れ枝を切り落とし始めたルドを止める。


「生木は煙がすごいからね」

「それは知っているが……魔術でどうにかする気か? 長い間火を保つのは難しいのだろう?」

「まぁまぁ、私にまかせておきなさい」


 魔術の本質というものは魔力マナを使用した存在確率の変動だ。小さな種火を大きく、空気中の水を大量に。その過程で魔力マナを消費する。影響が大きいものであればあるほど、長時間であればあるほど魔力マナの消費量は増大する。一般的な炎の温度は千五百度。それを長時間維持しようなんて馬鹿げた所業であるが――。


――sum.命の炎よ。守る炎よ。優しく踊れ。


「魔女の炎は安全安心。肉が焼ける間ぐらいなら全然問題ないよ」

「……お前、二種類の魔術を使っているな?」

「まあ、基本は。魔女の力と、精霊魔術。よく使うのはこの二つだね」

「魔女なぁ……。水かけてもらえるか?」


 炎に熱せられかまどが温まっていく。フライパン代わりに使うのだろう、平たい石をみつけたルドに請われ表面を水で洗い流す。


《流れよ》


「これは精霊魔術だね」


 洗い流され綺麗になった石をかまどに乗せるルドに補足を入れる。


「極端に詠唱が短い気がするが、よく耳にする」

「精霊言語は世界構成根源だから、きっとどこでも共通なんだろうね」


 なるほどと頷き、ルドは肝臓を取り出すと、人差し指ほどの厚さにナイフで切り分け乗せていく。やがて、じじじっと音を立てて縁が白くなりじんわりと油が浮かぶ。

 流石にテフロンのフライパンとはいかず、裏返す際にひっついてしまったが、調理に支障はなさそうだった。ルドは中心までよく火が通ったことを確認しつつ、器用にナイフで突き刺し、葉っぱに乗せると包み差し出してくる。

 幅広の葉はその辺の低木に生えているものだった。虫ついてないよね? こっそり確認しながら受け取る。

 私がはふはふいっている間にも、ルドは残りの肉を火が弱い端に寄せ、自身の分をその中から選び同じように葉っぱに包む。


「塩がありゃぁ良かったんだがな」


 残念そうな口ぶりに、確かにと頷く。


「一切れ貰っていい?」

「もともとやるつもりだったからいいが……まず手元のを食べてからにしないか?」

「いや、まぁ。それとは別にというか説明するよりもやったほうが早いか。百聞は一見にしかずだよね」


 焼かれる前の肉を切り分ける。


――sum.潮を溶かし、塩と化す。


 一瞬どろりと溶けた肉の一片が今度は早回しのように結晶化していく。


「なっ……」


 その光景を信じられないというように見つめるルドだったが、こちらは肝を手元から落とさないかハラハラしてしまう。

 変化した薄いピンク色の岩塩に、焼けた肝臓にこすりつけ口に運ぶ。

 うまっ! ねっとりとした食感と、卵の黄身を濃縮したような味。臭みはなく旨味が凝縮されている。


「これは命をかけたくなる味だね。どうぞ」


 岩塩を手渡すと、おそるおそるといった風にルドも手持ちの肉をこすりつけ口に運ぶ。


「塩……だよな?」


 肝の味よりも塩の方に興味が移ったのか、まじまじと見つめる姿に種明かしをする。


「これがもう一つの……魔女の力だね」

「錬金術のようにも見えるが違うのか?」


 納得がいかないという表情に、どう説明しようかと頭を悩ます。


「魔術ってのは確率変動を引き起こす事象もしくは行為のことってのは知ってる?」

「確率……?」

「あー……そこからなのか」


 想定外。サイコロの出目の話からしないといけないやつかこれ……。

 よし! こちらを真剣に見てるルドには悪いが決めた。


「錬金術は魔力を利用した科学、魔術は魔力を使った魔法を引き起こす行為、私のこれは魔力を使わない不思議な力なんです」

「おい」

「いや、無理。説明できない。したくない、お肉食べたい! 冷えちゃう!! 納得して!」


 何かを悩むそぶりを見せたルドだったが騒ぎ立てる私に口をつぐんでくれた。

 きっちり半分取り分を平らげ、後始末をする。野趣あふれる野外料理だが、繊細なカサフラントカゲの肝は一流シェフもうなる味だった。その身に毒を纏っていなければ絶滅必死だったに違いない。世の中はうまくできている。


「それじゃあ、いきますか?」


 遅れて食べ終わったルドは「ああ」と返事をすると、大して多くもない荷物を持ち、街へと歩き出す。帰り道は言葉少なに、何か考えるようなルドの背をついていくばかりだった。

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