第4話 まけないゴブ!いくぞゴブ!
翌朝、陽の光と共に起き、寝ぼけ眼であたりを見渡しようやく今どこにいるのかを思い出した。
「おはよう。今日も魔力が欲しいの? んー、じゃあ庭の草むしりをおねがい」
部屋の隅から顔を覗かせた精霊にお願いをして、手早く身支度を行うと約束の場所に向かう。
二階建てのレンガ造りの建物の前にたつ。黒い瓦葺きの屋根が重厚な雰囲気を醸していい感じだ。
両開きの扉を開くとカウンターが四つ。順番待ちの人間が座るであろう長椅子がその前に並ぶ。
右手の方に掲示板と、棚に収められたバインダーが並べられている。その前には何人かの人間が立ち、相談している。お約束どおりなら依頼書の類なのだろう。
冒険者ギルドという名前からして、酒場のようなイメージを抱いていたのだけれどどちらかというと役所のような感じだった。
あたりを見渡すと壁際に設けられた椅子に座っていたルドが立ち上がり、手を挙げる。昨日と違い、皮の胸当てをしており、腰に剣を吊っていた。
「さっそくで悪いが、同行者登録をしてほしい」
何か取り決めがあるのだろう。少しの間順番を待ち、カウンターの前に立つ。
癖のある長いブロンド髪の女性がカウンターの向こうに座っている。
「ルーシア、洞窟の討伐依頼に一人追加したい」
「わかったわ。大丈夫、話はエミリアから聞いているわ」
ルーシアと呼ばれた女性は書類を取り出すとカウンターの上に並べる。
「規則だから説明するわね。依頼者はこの街の役場。依頼内容はこの街の北にある洞窟内のゴブリンの討伐。依頼額は一万六千ルベ。同行者にはその三割、四千八百ルベが支払われます。問題なければここにサインを」
丁寧な説明とともに差し出された2枚の紙を重ね合わせ、その境目が指し示される。割符代わりというところだろうか?
貰えるお金の四千八百ルベというのがどのぐらいの額かは分からないが、まあ無一文なのだ。贅沢は言ってられない。指し示されたそこに名前を書く。
「見慣れない文字ね……。こちらの文字は書ける?」
昨日から気づいていたけれど、この体は言葉は喋れるが、文字を操ることを不得手としているようだった。日本語なら読み書きできるが、この世界の文字は書くことも読むこともできない。
首を振る私に、ならば仕方ないと、重ね合わせた紙の一枚を渡す。識字率というのがどのぐらいか分からないが、極端に珍しがられる存在ではないようだった。
「では、良い風を」
「ああ、良い風を」
「良い風を?」
聞き慣れない挨拶でしめられ、遅れて後に続ける。お約束の言葉ようだ。
「さっそくいくか」というルドの言葉にうなずくと、ギルドを出て、大通りをまっすぐ進む。
「北門から出て、三刻も歩けば目的地につく。洞窟の前で一旦休憩を取って、洞窟に入る予定だ」
「なるほど、ちなみ一刻ってのはどのぐらい?」
「ふむ、ああこの辺の人間じゃないんだったな。なんといったらよいか……大きななべでスープを作ろうとしたぐらいの時間か?」
「大きななべってどのぐらい?」
「このぐらいか?」
手のひらを輪っかにした大きさから推測すると寸胴鍋ぐらいの大きさなのだろう。
「ちなみに材料は?」
「肉とか野菜とかだが……関係あるのか?」
「材料によって煮る時間かわるじゃない? 肉は塊肉? 切り方はざっくりでいいの?」
「切った材料が煮えるまでの時間で頼む」
「水からでいいの?」
「水からで」
「なるほど……一時間弱ってところ? あ、一日は何刻?」
「二十刻……」
最初からこれを聞けばよかった。ルドもそれを伝えればよかったと思ったのだろう、徒労感を表情ににじませる。
「おーけーおーけ、痛み分けとしよう」
「なんの勝負だ……まぁいい。昨日少し話したアシッドロックというのは、岩の魔物だ。動きはしないのだが、天井に張り付いて、酸性の粘液を垂らす魔物だ。強い酸ではないんだが、洗い落とせない場所では少しやっかいでな……」
道すがら、洞窟内の魔物の生態と、ここいらの生態、百ルベでパンが買えるぐらいということを聞き出す。というか、パンが一つ買える金額を百ルベとする決まりらしい。金本位制ならぬ、パン本位制なのか……。どこかでまずいことが起きそうなシステムだが、その仕組で長らく運用されているということは、何かしらやり方があるんだろう。
そんなことを話しながら北の門をくぐり、そこから山に向かって歩き、途中岩だらけの場所で狼を切り捨て、目的地につく。
「とーちゃーく!」
「あまり騒ぐな。距離があるとはいえ、気づかれたら面倒くさいことになる」
ゴブリンというのは集団であれば自分の体の倍以上の相手にも襲いかかるらしいが、数が減って不利を悟るとてんでバラバラに逃げ出すらしい。その上、逃げた先でまた増えるそうだ。
逃げ出したゴブリンを追うのは手間なので、できれば洞窟内に追い込み、ケリを付けたいとのこと。
「入り口が一つであればいいんだがな」
ルドは声を潜めながら、洞窟の入り口に二匹、見張りのように立つゴブリンの観察を続ける。
「いこうか」
そう腰をあげたのはそれからしばらくしてからのこと。何が判断の契機だったのかは分からないが、彼なりに十分だと判断したのだろう。
見張りのゴブリンの背後になる位置から、近づき、距離を一気につめる。
『ギッギッ!』
警戒音を上げる一匹を腰溜めから一閃、もう一匹を袈裟斬りで斬り伏せる。
足元を見ると、踏み込み跡が深く地面に刻まれていた。
パワーファイターというのは鈍重なイメージがあったのだが、力があれば自重を無視することができるのか。力はすべてを解決する。
「わーお」
思わず拍手してしまいたくなるところだったが、切り込んだ勢いのまま洞窟に飛び込んでいく後ろ姿に遅れじと後を追う。
洞窟の入り口に一歩踏み込んだところで、三匹目のゴブリンを斬り伏せたようだった。その勢いに警戒心を抱いたのか、奥の方に顔を見せたゴブリンは容易には踏み込んでこない。
《照らせ》
声に魔力を乗せながら、腰に吊り下げた種火に宿る精霊と契約を交わす。
香炉のような金属球の中に種火が入っており、ルドから借りたものだった。松明が消えたときの備えとのことだったが、種火だけを借りてきた。松明を持つ役も私に依頼する予定だったらしいが、両手は空いていた方がよいと、かさばる荷物は外に置いてきた。
常夜灯ほどの光だったが、ルドには十分だったようで、奥に固まっていたゴブリンにつっこんでいく。
《爆ぜよ》
その前方、洞窟の天井に張り付く魔力に狙いをつけ、精霊魔法で打ち砕く。
アシッドロックが弾けたと同時に、粘液である酸がゴブリンに降り注いだ。ルドに当たるようなヘマはしない。
「なんっ!?」
合図をすればよかった――。音に反応してルドの勢いが削がれる。ゴブリンの方の混乱がひどかったから許して欲しいが、余裕がない時には致命的な問題になるな。
経験を言い訳にさせて欲しいが、誰かと組んでというのは難しい……。
追加でルドは二匹を斬り伏せ、見ているだけというのも暇だったので少し離れた場所にいたゴブリンを同じ要領でと考えたが――酷いことになると考えなおし、風の精霊と契約を結び斬り飛ばす。
「落ち着いたか」
深く息を吐きながらルドはあたりを見渡す。
「ごめん、合図すべきだった」
「? ああ、いや――。あれは俺が気を抜いていただけだ。詠唱は聞こえていたんだ――。まさか五つ同時にやるとは思わなかった」
あたりに散らばる残骸に視線をやりながら、首を振る。
「その辺も含めてごめん。最初なんだからお互いの力量を慎重にすり合わせるべきだった」
私の返答にルドはいや――と口をひらいて、閉じる。謝罪の応酬はいますべきではないという判断なのだろう。
「最大でどのぐらいまでやれる?」
最大か……。
「射程は検知できる範囲で、数は……うーんどのぐらいだろう? よく見えないからなぁ」
さっきも反応的には十匹ぐらいいたはずなんだが、狙った手前に張り出した岩があったりと、なかなかに射線が通らず難しい。精霊魔法はそのへん融通が効かない。
射線が通ればいくらでもやれるのだが。そりゃ、百万を精密にと言われれば自信がないが、フジツボみたいにびっしりとアシッドロックが天井に張り付いていることはない……ないよね? そんな洞窟あったら洞窟ごと吹き飛ばしてしまうかもしれない。
「たしかに岩と区別が……」
ルドはなにかに気づいたかのように途中で口をつぐみ、静止をかける。
よくよく耳をすませば、ぐぉおぉおおと風鳴りのような音が聞こえた。ルドの静止がなければ、聞き逃していただろう。
洞窟の奥を見据え、ルド再び口を開く。
「引き返すか……」
慎重だ。腕が良いのに慢心しない。なかなか難しいことだと、心の中で拍手を送る。
「良い判断だと思う。だけど、私なら大丈夫だから確認ぐらいはしておこう」
気をつけてみれば何かが存在するのがわかる。魔力とは違う生命力ともいうべきものだ。
魔力が宿った生き物なら見逃しはしないと心の中で言い訳をする。それに気がついたルドには二重に拍手を送りたい。
少し悩んだのち、頷いたルドは先頭をつとめ、奥へと進む。途中、二匹だけゴブリンが出てきたが、それっきりだった。入り口付近を縄張りにしているようだ。
ルドが唐突に止まり、静止の手を上げる。ハンドサインで岩陰に隠れ指し示す方向を覗き見ると、黒い大きな物体。よく見えないと光をかざそうとすると手を抑えられた。
再びの合図に道を戻り、ここならという場所でアルフが口を開く。
「カサフラントカゲだ。興奮したときに発する臭気がカサフランに実に似た匂いを発するからそう呼ばれるが、その臭気は猛毒で、牛一頭が数分以内に死に至るものだ」
「わーお」
カサフランの実というものがどういうものかは知らないがなかなかにヤバげなトカゲちゃんである。しかも結構大きかった。ミニバンぐらいはあったのではないだろうか。
「皮膚は硬く、矢は通らない。熱にも強く、毒にも耐性がある。過去の討伐の際には攻城兵器が用いられたという話もある。だが、ここではな……」
あたりを見渡すルドにああ、と納得する。
「そんなものを入れるスペースはないと」
「そうだな……。人数でどうにかできる相手でもない」
考え込むルドに、ふと疑問が湧く。
「依頼はゴブリン退治だと思ったけど、あいつまで倒す必要があったりする? あ、洞窟の安全確保が目的とか?」
「いや、ゴブリン退治であっている。カサフラントカゲについてはギルドに報告すれば十分だ。ゴブリンと違いたいして増えることもない。依頼として出てくるとしても優先度は低いだろうな……」
無理に倒す必要はないと……それは分かったのだがどうにも歯切れが悪い。
「なにか問題があったりするの?」
「いや、問題というわけではなんだが……」
言い淀む姿に視線で促すと、観念したようにボソリとつぶやいた。
「キモがな……美味いらしい。最高級食材として宮廷にも献上されることがあるそうだ」
「美味い? 食べれるの? アレ」
顔を背けるな。自身でも言っていてどうなのかと思ったのだろう。首を振ると、帰るぞと言葉を撤回する。
興奮すると毒を撒き散らす。皮膚は硬く矢は通らない。キモが美味い。ルドの剣を見る。切れ味はなかなか良さそうだ。
「解体は頼めたりする?」
「帰る。ただでさえ洞窟内で空気の流れが悪い。こんなところで毒を撒き散らされたら一瞬で死ぬぞ。風が止む前に帰るのが長生きの秘訣だ」
先ほどのは気の迷いだというように強く断言する。うーん……。
「頭を一撃でいこう」
「外したらどうするつもりだ」
「私、失敗しませんから!」
「……帰るか」
ちょ、まってまって。ドヤ顔を披露したところで踵を返すルドを止める。
「外しても風で毒の方向を変えれば、逃げるぐらいはできるでしょ?」
不安げな表情を浮かべるルドの顔に試しに風を送ってみる。
「いざとなったら担ぐぞ……」
これは信用していない顔だ。自身のフィジカルに鑑みどうにかできると踏んだのだろう。解せぬ。
「まあ、いいや。明かりをつけるとこっちに気づかれそうだね、というか爬虫類ってピットだっけ? 熱感知あるだろうからそれも偽装した方がいいかもね」
「そうなのか?」
「多分?」
「不安だな」
「まぁまぁ」
地球の常識がこちらの常識とは限らないけれど、似たような生態系が築かれているのだから同じ進化を辿っていてもおかしくはない。
――sum.我等は自然の子也。大地の子也。
存在を薄める。こればっかりは精霊に力を借りるより、魔女の力を使った方が良い。複雑なことを精霊に頼むのは手間だ。
ルドは違和感を覚えたのか手のひらを翳して自身の体を確かめている。
「存在を薄めたから、見ても認識できない。音や熱も同じ。完全とは言えないけど、アイツ相手なら気づかれずに近づけると思う」
「便利だな」
「まぁ……万能ではないけどね」
悪魔や神聖生物と言われる魂の存在を感知する奴らには通じない。魂を薄めてしまうこともできなくないのだが、自身を保つのに苦労するからあまりやりたくはない。
先頭をルドに任せ、再びカサフラントカゲがいた場所に戻る。
本来、光を隠してしまうと、光は何も照らすことができなくなる。影響を受けないモノは影響を与えない。だから存在を薄める魔女の力。光球に照らされた大きなトカゲは私達からはよく見えるが、トカゲは私達の存在に気付かない。
ピストルのように構えた指先を握り方向を定めて狙う。
《貫け》
ズシンと巨体が倒れる音がする。
「……綺麗に消し飛ばしたな」
「まあね。あ、死ぬと色が変わるんだ? 結構毒々しい?」
術式を切り、獲物の様子を検分すると首の付け根から上を吹き飛ばされた体が灰色からオレンジ色に変わっていく。
それにしてもここまでの巨体にもかかわらず魔力を帯びていないとは……。このトカゲは純粋な生物なのか。界は重なり、魂は巡る――並行世界を指し示す有名な言葉だけれど、似ているようで似ていない世界。これで純生物とは。あー……
「けっこうカッチカチだけど、捌けるの?」
矢が通らない鱗に剣は通るのだろうか? そんな疑問にルドはああ……と頷くと、トカゲの死骸に近づき鱗の硬さを調べている。
「もう少しといったところだが、まあいいだろう」
腰の剣をずらりと抜くと、その腹に突き刺す。思い切りの良さに反して剣先しか食い込んでいないが、矢も通らぬ鱗に突き刺したにしては手応えが?
「弓が通らないというのは何かの例え?」
「いや……こいつが硬いのは灰色の間だけだ。色が変わるとそこまでではない。死んだばかりだから少し硬いがな」
そう言いながらルドは腹をそのまま割り、内蔵を分け、その中にある薄い桃色の肝臓を取り出す。体も大きければその内臓も大きい。肝臓を半分に割り、腰に下げた袋から油紙を取り出すと包み、更に取り出した予備の革袋に手際よく詰めていく。入らなかった残りはその場に残す。
「手際いいね」
「慣れてるからな……水、出せるか?」
「もちろん」
《流れよ》
生み出した流水で剣と手を清めたルドは戦利品を拾い上げると、戻るぞと合図を送る。これ以上ここにいる理由もないのでその合図に従う。
洞窟を出て、残していた荷物がある茂みまで何の障害もなかった。アシッドロックは道すがらすべて倒したとして、ゴブリンぐらい残っているかと思ったがそれすらいなかった。
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