第2話 弔いと開戦

 騒がしくなった鳥の鳴き声と、朝日に目をさます。


「あー、体痛く……ない。人間辞めてよかったかも」


 石の上で寝たのだ。多少なりとも不都合が出ると思いきやそうでもなかった。

 首を回すと塔が見えた。存在感の薄くなった姿に拍手を送る。


「アシュバールさんいる?」

『ここにございます』


 ふわっと漂う気配を感じた。


「今どんな感じ?」

『粗方整いました……が、なにぶん長い年月積み重ねられたものですので……』

「まぁ……細かいものはそのうち自然に還るだろうね。やばそうなものは地下に?」

『さようでございます』

「じゃあ、まあ、主として最後の仕事をしようか。の、前に朝ごはんだね。そのあと案内してもらえる?」

『承知いたしました』


 塔の入り口に立つと良く分かる。すっかりがらんどうになっている。見た目は変わらないけれど、モナカの餡を抜いたみたい。

 軽い食事の後、まだ残っている気配につられ、案内もなしでその扉の前に立つ。地下に存在する部屋の一つ。

 そりゃこんだけ雰囲気があれば分かる。他にもちらほらあるがここが一番だ。


「さて鬼がでるか蛇がでるか」


 鉄の扉に施されているのは基本に忠実に、けれど頑強な破邪の呪文。俺護ってますよ姐さんとでも喋りそうな感じだ。

 その呪文には少し横にどいてもらって扉を開ける。


「わーお。これは凄いね」


 そこに収められていたのは聖具、呪具、聖剣、魔剣、魔法の武器、防具、道具……その他沢山。

 博物館もかくやという収蔵棚に収められたものを見渡す。

 一つ一つはまぁ、やばいのもちらほらあるが、ここまで多いのは圧巻の一言だ。単なる好事家で収まる範囲ではない。

 一つの宗教、一つの国、一つのそれなりの規模の集団がかき集めた量に匹敵する。

 これは今日、明日でどうにかできる量ではないが捨て置く訳にもいかないだろう。


『なに分、量が多く……』


 アシュバールさんも同意見のようだ。

 

「しょうがないね。これは未来の私への宿題としよう。んーっと、ちょうどこれがよさそうだね」


 くるくると丸められたなめし革を手に取る。黒い艶のないその革は見た目に反しとても素直な性質を持っていそうだ。


――sum.汝、鞄なりや。重ねず重ね、尽きず包め。


 私の願いに応えて、革は性質を変えていく。ぐにゅぐにゅと伸縮を繰り返し、背負鞄へ姿を変える。

 暗示を強固に行えばこういう事も可能である。鉛筆を火箸だと偽って押し付けたら火傷するアレみたいなもんだ。

 本来はちゃんとした手順が必要だけれど、まあ問題はない。


『それは……魔法鞄マジックバッグでしょうか?』

「あー、ごめん。正式な名称はわからない。隣接界りんせつかいをこの中に再現してあるから何でも入るし、界が異なるから外界からの影響も受けない。お互いの影響も受けないから、気にせずに入れたいモノを鞄の口を近づけたら後は勝手に入ってくれる」


 中身の整理はあとで必要になるけれど。それは未来の私にぶん投げよう。


『……究極にて至極というものを想像することすらできませんでしたが、納得せざるを得ません』

「お褒めに預かり光栄です」


 前の私もそれなりだったが、こういう無茶な真似はできまい。体の素体に何を使ったのだろうか。想像以上に術の通りが良い。

 それから鎖に繋がれたキメラや、檻に入れられたアレやこれや。うんざりするような研究資料その他諸々。

 断捨離のコツは迷ったら捨てるこれに限る。処分したモノの中に迷いを覚えるものが少なかったのが幸いである。

 

「こんなもんかな?」


 なんとなくほこりっぽい気がして、服を叩きながらあたりを見渡す。


『はい……あとは』

「いや、その前に送ろうか。ついておいで」


 陽炎のようなうっすらとした気配に声をかけて回る。

 無念と、郷愁と、怒りと悲しみ。そんな気配を携えて階段を登っていく。幽霊にすらなりきれない、色のある魔力の塊のようななにか達。

 塔の前の開けた場所まで案内すると、迷うようにふらふらとさまよい出す。

 戸惑うような気配。どこか強く惹かれる場所があるのか、方向を指し示す気配。


「ほら、そっちはただの森だよ。大丈夫、大丈夫。こっちにおいで」


 ふわり、ふわりとともすれば消えて無くなりそうな気配達をまとめながら指し示す。

 

「空をみてごらん、この森は魔力が豊富だ。空気は澄み渡ってる。それが昇っている感じられるだろう? 流れに任せてゆっくり巡るといい。そう、そう」


 壊さないように慎重に言葉に魔力をこめると、それに誘導されるように、一つ、二つと空気に溶けるように昇っていく。


「新参者の私には、君たちに栄誉も慰めも与えることはできないけど……願わくば幸あらんことを祈る」


 ちょうどよい風が吹く。それに乗るように、シャボン玉のように、たんぽぽの綿毛のように混じり昇っていく。使いつくされた残滓だ。まっとうな魂は何一つなかった。この世の祝福のすべてが彼らに与えられるように心のそこから祈る。


「さてと……柄にもない司祭のマネをした次は悪魔祓いに転職しようか。どちらかといえばこちらが本業なんだけど」

『参りましょう』


 空気が凝り、独特の匂いが立ち込める。墓場の匂いと私は呼んでいるけれど、掠れた灰に油を混ぜたような匂い。この匂いを嗅ぐと体のギアがガツンと入る気がする。


『ぁあぁああああぁアアあアアアァぁァ』


 人間には出せない産声をあげてそれは姿を表す。

 やはり、姿を隠されることで、本来の力を抑えられていたのか……。アシュバールさんが姿を表せない理由。

 ギョロギョロと蠢く目はすべてが魔眼と呼ばれる類のものだ。それがびっしりとついた金色のルービックキューブ。他になんと言い表したら良いか分からない。


『喰喰喰喰喰喰』


 羽虫が震えるような声を上げながら迫ってくる。


「せっかちさんは女の子に嫌われるよ?」


 すり潰さんとばかりにせまる体を押さえると、ギュロっと全ての目がこちらを睨みつけてくる。

 石化、麻痺、魅了、封呪、痛覚増幅、暗闇、睡眠、忘却。体を、精神を、侵食する。芯に到達する前に魔力を上書きし無効化する。

 同時にキューブが形を変え、尖った錐が突き刺さんと頬をかすめ通り過ぎていく。

 避けた私を追い、右に左に下に、鋭い錐に姿を変えたアシュバールさんは、頭、首、心臓を次次と穿つ。

 次々と繰り出される攻撃を避け払っていたら、いつのまにか足元に広がった影が私を飲みむ。


『喰ぅうううううううううううううう』


 とぷんと取り込まれたそこは真っ暗闇。全身を舐められるような感覚がした。


『噛噛噛噛噛噛』

 

 ぞりぞりとまれる。

 しゃぶるように、ねぶるように、執拗に接触が繰り返される。

 契約を破った契約者を喰らおうとしているのだ。


「これぐらいで十分かな……?」


 十分に契機が結ばれたのを確認し唱える。


――sum.契約の元に。汝は食人鬼、千の目を持つもの。汝の名は、食人鬼オーガ、イーティングアイズ也。


 暗闇がギチギチと音を立てて引いていく。


『なにヲ……シタ』


 視界が晴れると、巨大な、ぐるぐると唸りをあげた鬼がそこにはいた。

 赤銅を思わせる赤黒い肌。二本の角。全身に目のような黒い入れ墨が走っている。


「悪魔殺しには色々作法があるけれど――。名前を送ろう。食人鬼オーガ、イーティングアイズ、それが君の名だ」


 意に反する名付けというのはなかなか難儀なんぎなもので、その性質を身に落とし、名付けるだけの縁を得て初めてなしえる。

 そう呼ばれても仕方がないと思うきっかけが必要なのだ。

 それをくさびとし、手繰り寄せ絡め取る。ある種、悪魔よりも質が悪いかもしれない。


『イーティングアイズ……』

「そう、君の名は今日からイーティングアイズ」


 性質も構造も変えて、不死の存在を殺せる存在に落とす。


『ウォオオオオオオオ』


 振りかぶった右腕を打ち下ろす。熊すらひしゃげ、潰れるだろうその一手を受け止め、首を刈り取る。

 巨体が土煙をあげてその場に崩れ落ちた――。


――sum.聖なるかな、魔なるかな、等しきかな。命の等しきかな。巡る命の等しきかな。


 体と構成していた魔力が祈りに応えるかのように、混ざりあい溶け合い、大地へと還っていく。人工の産物である彼には魂は存在しない。

 彼に感謝と祝福を祈った。

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