第9話 茶会


 

 


 白雪が積もった木々に小鳥たちがとまり、お互いに鳴きあっている。淡い雲から太陽が顔を出し、雪を照らしている。昔から世界は諸行無常でとても残酷だ。だが、だからこそ自然は何とも美しく思える。

「まあ話した通り……私は一度死んでいるんだよ。ソルはそれから記憶のない私を一から育てて、昔の記憶を蘇らせた。ソルは記憶の現実を改変する鳥核を持っていて自分や他者記憶を自由に変えることができるんあ。……信じられないとは思うけどね」

 まさに現実は小説より奇なりとはこのことだろう。「現実離れした能力を父さんは持っていた」や「ファルサは一度死んでいる」なんてこと誰が信じるのだろうか。でも、ファルサらしくない真剣な表情と口調がそれらを俺に信じさせた。その一つ一つの言葉に奇妙な話を裏付ける証拠があった。

「今日の事と何か関係があるのでしょうか?」

ベラが尋ねた。ファルサは言う。

「私が思うに、ひもうすが攻めてきたのは聖地奪還のためっていうのもあるけど、今話した鳥核を奪うためでもあると思うんあ」

「鳥核を奪うために?」

「そう、鳥核は国が動くほどの代物っていうことだよ」

「……父さんは教えてくれなかったな。そんな経験をしていたなんて」

「ソルはカルロに似ていて頑固だからね。フリーにはなかなか話せれなかったんあろう」

「そうなのか……父さん――」

 突然頭の真ん中からズキズキと激痛が走る。痛い、痛い、いたい……。頭を手で抱える。

「痛い、頭が」

「大丈夫ー、フリー?頭が痛いの?」

「いや、大丈夫だよ。大丈夫だから」

ベラはとても心配そうな表情で俺の顔を覗きこむ。

「どうしたのー?やっぱり休んだ方がいいよ」

「休もうフリー。今日は色々なことがあったからね……フリーには無理をさせ過ぎてしまったあ」

 ファルサに連れられ2階の部屋へと歩いていく。しばらく痛みに耐えていると次第に痛みが和らいできた。なんで急に頭痛なんかが……。

 皆んなは各自、部屋へと入っていった。俺はファルサに連れられ、自分の部屋へと向かう。

「……俺たちの故郷が潰れたのも鳥核のせいなのかな、ファルサ?」

「そうかもしれないね。まだ一概には言えないけど、一瞬にして故郷が平らになるのはおかしいから、鳥核が関わっていてもおかしくないあ」

「そうか」

「さ、ゆっくりしてていいよ」


 部屋の前に着くと、ファルサは一階へと戻って行った。部屋の中に入って木製の古びたロッキングチェアにもたれ掛かる。

「さあ、この後はどうしようか?前回のクリスマスでは俺が寝ている間にベラとルナが殺されていた。そして、気がつけば朝に戻っていた。今日の午後12時になったらまた朝の午後11時に戻るのかな?12月25日の昼に戻ってそして、また同じことが起きる……」

 一体どうしたら。ひとまずはゆっくり休憩でもして過ごすか?いや、だめだ。また死んでしまう。みんなが、ベラが、ルナが……。

 その時ふとあることを思い出した。

「……確か前のファルサは客をもてなすとか言ってたな。しばらくしたら、ちょっと見てみるか。誰が来るのか気になるし、何か新しい事が知れるかもしれない。もしかしたらそいつが皆んなを殺した犯人なのかもしれないしな……」

 俺は家の玄関が開く音がするまで部屋で待つことにした。この部屋は割と質素で、大した物がない。かなり時間を潰すのに苦労した。唯一、引き出しにあった古びて黄ばんだトランプを使って1人でポーカーをしていく。賭けのないポーカーは面白くないな、いや、1人だからか……。


「ワンペア……」

「ツーペア、スリーカード」

「ストレート!フラッシュ!フルハウス!」

「フォーカード、ストレートフラッシュ……」

「ロイヤルフラッシュ!!」

「……」

 

 そろそろ、1人でポーカーをするのが段々虚しくなってきた頃だった。

――ガチャ……確かに玄関の扉が開く音。それと、男の人の声とファルサの声が一階から微かに聞こえてくる。きっと、ファルサと何か喋っているのだろう。俺はゆっくりと他の奴らに気づかれないように部屋のドアを開けた。

「さあ、誰が来ているのか見てみようじゃないか」

 忍び足でゆっくりと階段を降りていく。ある程度進んだところでそっと、頭を出して一階の様子を窺う。

「あいつが……」

――そこには銀髪の男の姿があった。背は高く、180cmはあるように思える。目はドラゴンフルーツのようなピンク色に黒色の瞳孔がある特徴的な目だった。なんだろう……少しベラの目と似ている気がする。

 銀髪の男はファルサと親しげに茶会をしていた。

 

「クリスマスローズティーかぁ~。なかなか良い味するね、これ。温かいから芯から冷え切った寒い体にはいい。本当に至高だな~」

 そう言って、湯気が出ているカップを大事そうに両手で持つ。

「ここら辺は寒さが厳しいからね。まあ、ゆっくりくつろいでいいよ」

「相変わらず優しいな~ファルサは」

「ところで、大丈夫だったのあ?」

「大丈夫だよ。俺はあそこら辺には居なかったからね。なんで来たのかって言うと、ファルサたちの安否が気になってね。大丈夫かなって見に来ただけだよ~大丈夫そう?」

「ひとまずは大丈夫かな。私の孫たちは2階でゆっくり休ませてるからね。」

「それはよかった~!」

――しばらく様子を見ていても変わらず親しげに楽しく話しているだけだった。一体、銀髪の男はどういう奴なんだ?ファルサからは銀髪の男の話なんて聞いたことないぞ。

 そう思って様子を見ていると、少しだけ銀髪の男と目が合ってしまった。

(気づかれた!?)

銀髪の男はこちらに笑顔で手を振ってゆっくりと近づいてきた。

「こんにちは~。君がフリーかな?」

「はい、そうです。貴方は?」

「俺の名前はアマデウス。まあファルサの昔からの友人かな。ちなみに、俺の銀髪は地毛だからね~。……まあ、よろしく。一緒に茶会でもするかい?良かったらお悩み相談でもしようか?」

「はい、そうですね……します」

「じゃ、決まりだね~!」

フレンドリーな話し方に思わず押し切られてしまった。

 アマデウスは幾つかのマグカップが置いてある机の椅子に座り、座ったフリーと対面する形になった。いっぽう、ファルサはアヤメティーを台所で作っている真っ最中だ。

「――そんな事が……今までよく頑張ったねフリー。俺も若い頃はとても辛い事を経験していてね、全ては無理かもしれないけど少しは君の気持ちがわかるんだ。本当によくやったね~」

「本当に大変でしたよ……頑張りました俺。本当に辛くて、悲しくて、苦しくて……。なんでこんな事になったんだろうって」

「本当に頑張ったね、フリー」

 なんとなくだが、この人と話していると何故か心が落ち着く自分がいる気がする。さっきまであった懐疑的な気持ちは信頼と安心に少しずつ確実に変わっていく。この人の話し方に穏やかな雰囲気を纏っているからだろうか。

 ファルサは持ってきたクッキーとアヤメティーを一皿ずつかたっと音を立てて机に置く。

「はい、アヤメティーとクッキー、アヤメティーは熱いから気をつけてね。ねえフリー、本当に無理しないでいいからね」

「うん、大丈夫だよ俺は……」

アヤメが紫色の温かい世界の中で花開いていた。湯気が出ている貝紫色のアヤメティーはとても芳しく美しい。

「……アヤメはいいね~。好きだよ俺、アヤメの花言葉」

俺はチェスの盤面のような柄のクッキーを嗜み、アヤメティーを少しだけ口に含む。

「そうですね。たしかにアヤメの花言葉は希望で、俺も好きです」

「確かにそうだね~」

「というか、さっきから思ってたんですけど、何でアマデウスさんはそんなに白髪が生えてるんですか?」

「ちがう!白髪じゃない、銀髪!まだそんな年とってないから。あと、呼ぶときはアマデウスでいいよ」

アマデウスと俺はその後も何気ない会話をしながら茶会を続けた。

「ビスっていう奴がいたんです。ビスは酪農家の息子で本当いい奴で小さな頃から俺と一緒に遊んでました。たまに牛が逃げ出した時があって、そんな時は2人でよく追いかけて……でも、今は……」

「ビス?」

「俺の親友です。ビス・クラヴィス、クラヴィス家の長男」

「独特な訛りがある奴のことか?」

「はい!知ってるんですか!?ビスのこと」

「ああ……」

「!」

 アマデウスが持っていたアヤメティーを一口飲んで、机に小さな音を立てて置く。ニヤついた表情。


「フリー。ビスは生きてるよ――」





 

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