よーい、どん!
何度見ても何度読んでもこの物語は面白くない。つまらない。設定は浅い。内容も浅い。展開も読める、続きは読もうとは思わない。退屈――1つ1つの文字から、作者の平凡で愚直な考えと思いが伝わってくる。時間の無駄。まだ、読むべきじゃない。今は読みたくない。読まない――それが今の最善の選択。
僕はそんなことを君たちの物語を読んでいて――見ていて思ったんだ。だから、変えるしか――面白くするしかないと決めたんだ。
「退屈だなぁ。なにかおこらないかなぁ?あーあ、まあいっか……そんなこと考えても仕方ないよね」
日が落ちていく頃。僕は時間を持て余していた。家には誰もいない。ただ、自分だけがこの空間にいる。僕は脱力しながら薄汚れた紅色のソファに座りふと思った。
「......何もない。何も起こらない。昼は母さんが居たけど今は出かけてるし、父さんは仕事で家に居ない。家にあるお菓子はもう食べたし……もうすることがないよ!」
目の前には木製の机、赤と黄色の様々な模様の絨毯、誰もいないリビング。すぐ近くの窓から太陽の光が部屋を明るく照らしている。部屋全体が静寂に包まれ、たまに音がするといったら座っているソファが軋む音ぐらいだろう。柔らかく体を包むソファだが、どこか頼りないソファだった。
ふと、窓から空を眺めて想いに耽る。空はもう赤っぽくて……いやオレンジかな。なんだかずっと眺めていると今生きている世界が僕にはとてつもなく広く感じた。
カーカーと外では黒い鴉が鳴いている。
「鴉が飛んで鳴いて今日が終わっちゃう……段々眠くなってきちゃったな」
大きなあくびをして「寝よ」と独り言。気がつくと僕はソファの上で横たわり、深い眠りについていた。瞼はとっくに僕の瞳を覆っていた。
「――ここはどこ?」
何処を見渡しても真っ黒な世界が広がる。視界の隅から隅まで黒い。けれど、自分の手や足があるのはわかる。
次第に僕の心臓は張り付く。
不安と焦燥。
「母さん?ここはどこ?誰かいないのー!?さっきまで寝てたのにどうして急に……もしかして夢?でも、なんだか夢じゃないような」
「――フリー」
優しい声。聞き慣れた声色。
「だれ?」
「初めまして。僕の名前はフリー・イーラ。フリー・コルウスとフリー・イーラ――奇しくも君と同じ名前だ」
「ここはどこ?なんで僕はここにいるの?」
「ごめんね。この暗くて怖い場所に連れてきたのは僕なんだ。ちょっと君にお願いしたいことがあってね。ぜひ良ければ聞いてくれるかな?」
「いいけどー、僕のお願いも聞いてくれる?」
「ああ、いいよ――契約ってやつだね!僕が君の願いを叶える代わりに僕の願いを君が叶える……そういうことにしよう!いいかなフリー?」
「うん。いいよ。僕はねー鳥になってみたいんだあ」
鳥、そう鳥だ。華やかな翼で空という自由を謳歌する鳥に僕はなりたかった。
思わず僕は笑みが溢れてしまう。どんなことが起きようともなんとかやっていけるという幼い頃特有の自信がそこにはあった。
「そうか、いいだろう。今から僕が僕にしか話せない物語をつくってあげよう。唯一、君にこの物語を与えられるのは僕だけなんだから。それと――これを君にあげよう」
「――ねえねえ母さん、すっごい夢みたよ!なんかね、僕は鳥になってて、羽をバタバタさせて飛ぼうとしてる夢!あと……」
キラキラした目をして僕は、僕の話を聞いた母さんの次の言葉を期待して話した。僕の夢を……見てきた夢を。
「そうなのー。よかったね。楽しそうな夢を見れて。鳥さんになったら、お母さんを乗せて空を飛んで欲しいなー」
母さんははにかんでみせた。まるでほんとにそんな未来が来るように。
「もちろん!絶対だよ。約束だから!」
「いい子ね。さあ、鳥さんの話は一旦置いといて夜ご飯を食べるわよ。今日はフリーが好きなハンバーグオムレツ!よかったね」
「やった!あれ?父さんは?」
「うーん、お父さんは今、遠出してるの。私たちが住む神聖帝国から遠く遠くの国『ひもうす』までね」
「でも、『ひもうす』って怖い国なんでしよ?だめじゃん行ったらー」
「大丈夫。お父さんは強いから」
「じゃあ僕も行く!僕も強いから」
当時の俺にとっては外国というのは異世界、いやユートピア、もしくは楽園のように思えた。この小さな土地のことしか知らない俺にとっては。
「そうだね、フリーならきっと行けるよ」
あの日、あの時、俺は夢を見たんだ。とても壮大で理想的な夢を。
数年後のとある夏。
クマのぬいぐるみを嫌いになった日――。
「目を開けろよ!ベラ!」
「でも怖いよフリー」
「大丈夫だよ。裏山には何回も行ったじゃん」
「でもー」
分け入って分け入って草むらの中を進む。ここは裏山。たくさんの未知と発見がある遊び場だ。大人たちには何かと言われていたが、そんな言葉は右耳から左耳へと突き抜けていった。
長い時間、緑の楽園へと足を進める。俺とかベラとかの身長と同じぐらいの大きさの雑草が目の前に現れたが、そんなこと知ったこっちゃない。
幼馴染のベラと俺は一緒に前へと進むと、開けた場所に出た。
「ほらな!ここが秘密基地だよベラ!ビスのやつは連れて来れなかったけど――今日はここで、お前と遊ぶことに決めたんだ」
「ふふ、何それー?」
ベラの顔から恐怖がとっくに抜けていることがわかった。口角が少し上がり、瞳は光を反射し煌めく。いい感じだ。
「じゃ、小屋づくりでもするか!」
「りょうかーい!」
ひんやりとした森に入り、小屋の材料となる大きな枝を手分けして探すことにした。薄暗くなる前に小屋を作って、ビス、ベラ、そして俺の秘密基地を作る。それが今日の目標だ。
「よし、これぐらいでいいよな。戻ろう」
地面に落ちている枝や葉っぱがついた木の枝。そして極め付けはこのきれいなビー玉。十分すぎる収穫だ。
緑の苔の絨毯を踏み締め、木の根につまずきながら秘密基地まで進んでいく。ベラはもう戻っているだろうか?そんなことを考えながら落ち葉を踏んだ。
「ベラー、持ってきたぞ!すごい物があったんだ!ガラス瓶とかすごい草とか!ビー玉もあった――」
何故かベラはその場に立ち尽くしていた。
「どうした?ベラ?」
「く……く、く」
「く?」
ゆっくりとベラが見ている方向を見る。
暗い藪陰に黒い大きなものが動いている。こちらを見ている。熊だ。熊がいた。邪悪な黒い目で俺たちを見るその獣は悪魔だった。熊なんて、初めて会った。
恐怖による緊張で頭が真っ白になり、何も考えられなくなった俺を横目に、熊はそんな気持ちなんか知らないと、こちらに近づいてくる。逃げなきゃと思う。でも、体は動かない。動かなきゃと思っても、俺の足は情け無く震え、その場に立つことしかできなかった。
「ベラ……」
ドクドクと脈打つ体。
「フリー、怖いよ」
汗が伝う震える体。
お終いだと思った。
でも、あいつが来た――。
「おらぁぁぁあ!」
何発も大きな銃撃が山に鳴り響く。黒い毛皮は真っ赤な血へと染め上げられる。熊の唸り声とビスの大きな声。熊は木々の間を勢いよく走り抜けていった。
「――ビス!」
恐怖から解き放たれ、ベラと俺は表情を浮かべる。勝ち誇ったような感情に身を任せお互いに強く抱き合った。
「大丈夫かフリー、ベラ。怪我はないよな?」
「もう怖かったよ、ほんとに。ビスが来てくれなきゃ死んでたよー」
「ありがとうビス」
「ははその調子なら元気そうやな。よかった――」
俺の人生の中でもトップクラスの名シーンだろう。
「もう少し、遅かったらやばかったな……」
3人で赤く燃えるような夕日をバックに帰る。俺の目には、いつもより平凡な風景が輝いて見えた日だった。
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