第3話 赤髪のリアル魔王①

 下校チャイムが鳴った。

 これが鳴ったら、部活動に勤しんでいる者も皆、原則学校の敷地内から出なければならない。

 それは無論生徒会長である俺も例外ではない。

 まあ、俺は今保健室にいるのだがな……。

 俺は保健室のベッドで休んでいると、養護教諭がカーテンを捲って、入ってきた。


「池島くん、もう頭は大丈夫?」

「なんか、言い方に悪意があるように思えますが、まぁ大丈夫です。当たりどころが良かったみたいで」

「もう、下校時間だけど、自分で帰れる?」

「はい、頭に包帯も巻いてもらってるんで」


 少しズキズキはするけどな。


 ともかく、そんな感じで俺もさっさと学校から出なくてはならなかった。

 保健室を後にし、下駄箱から自分の靴を取り出して、履く。

 外に出てみると、空は既に薄暗くなっていた。


「さっさと帰るか……」


 そうして、校門を潜ろうとした時……。

 グラウンドの真ん中に小さな人影があるのに気がついた。


アイツ……下校チャイムが聞こえてないのか?しょうがない。生徒会長として、ちょっくら知らせてやるか。


「おーいちょっと……」


 と言いながら、その人影に近づく。

 その人影の正体は小さくて可愛い赤髪の美少女であった。身長は真由と同じくらいかそれよりも小さいかもしれない。かなりの小柄だ。


「何者だ?」

「いや、こっちの台詞……!こんなところで何やってんだ?とっくに下校のチャイム鳴ってるぞ」

「そうか。じゃあ今日はここまでにしておくか」


 そう言いながら、彼女はすっと立ち上がった。うん、やっぱり小さい。


「ところでこんなところでなにやってたんだ?」

「ああ、魔法陣を描いていたんだよ」

「魔法陣……」


 確かに、その辺を見合してみると、巨大な魔法陣のような円が描かれていた。何か棒で描いたのであろう。


「これ、本当に魔法陣なのか?」


 俺は半信半疑にも聞いてみる。一回、転送魔法とやらを食らったとはいえ、もしかしたら、あれ奇術かもしれないからな……。いや、流石にそれは暴論だろうか。


「ああ、魔法陣自体は完成した。あとは魔力を注ぐだけだ」

「え、完成してるの⁉」

「ああ、あと五分ほどでこの実験自体は完全に終わるつもりだったんだが……」

「………………」


 俺は少し考えてみる。

 十秒ほど考えた後、俺は彼女に告げた。


「よし、あと五分なら大目に見よう。恐らく、この変な模様を丸一日置いとかれる方が迷惑だろう」

「いいのか!」


 俺は大きく頷く。

 すると、女の子は手を地面に向けた。


*****


 俺が入部検討中の魔法研究部には今二人の部員がいる。

 一人は本日転送魔法を使用した部長・五月雨真由。

 そして、もう一人は……五月雨ほむら。真由との義理の妹であり、素行に多少問題のある生徒らしい。俺の耳にもたまに彼女の名前が入ってくる。


 そんな彼女は今魔法を念じていた。

 ぶつぶつと詠唱を唱えている。


「はぁ!!」


 すると、彼女の手に禍々しい黒い炎のようなものが出現した。


「……はぁ、この程度の呪力魔法を発現させるのに、こんな苦労せねばならんのか……」


 そう言いながら、彼女は俯いて、落ち込んだ。


「それ、何だ?」

「呪力物質。この中には『私と運命を共にする呪い』が入っている。かけようか?」

「いや、一旦遠慮しておく。それほぼ結婚じゃん」


 まあ、こんな可愛い女の子と結婚できるんだったら、結構、歓喜問題であるんだが……人生は慎重に生きるべきだ。


「それにしても、この呪い……あいつにもかけたはずなんだが、どうやら世界転移の際の力でその時の呪力がすべて奪われたのか。その分、私は魔王としての力が吸われて、こんな人間の姿に……」


 そんな風にほむらは何か意味の分からないことをぶつぶつと呟いていた。

 まぁ、とりあえずは……。


「学校の外に出よう。そろそろ流石に注意される。さっきの魔法陣とやらを消さないとな……」


 と思い、グラウンドを見渡すと、そこに描かれていた魔法陣はすっかり消えていた。


「消えるのか……」


*****


 俺はほむらと肩を並べて下校することにした。もう夜も遅い中、小さな女の子一人帰らせるほど、俺もカスではない。


 それにしても、何か話したいのだが……。どうも会話ができない。俺は生徒会長こそやってはいるが、根はただのコミュ障だったのだ。


「そ……そういえば、なんでお前とか、真由とか魔法研究部って魔法が使えたりするんだ⁉俺も入れば、魔法が使えるようになったりするんかな?」


 すると、ほむらはその場で立ち止まった。


「君、アイツに会ったのか……いかにも、私は魔法研究部の副部長の五月雨ほむらだ。君のさっきの質問についてだが……君たちが魔法を使うことはできない……」


 妙な風が俺たちの間を吹き抜ける。

 それは誰かの意図的なものなのか、ただの偶然なのか分からないが、俺を変な気持ちにさせた。


「おい、今のって……」 


 俺がそう告げようとするのを遮るようにほむらは続ける。


「私たちは別の世界の住人だ。剣と魔法のある君たちにとっては空想の中でしか存在のない世界」


 いわゆる、ファンタジー世界っていうことか?魔法云々よりもかなり胡散臭い話だな……。


「その世界の住人は生まれつき魔力というものを持っているんだよ。しかし、どうやら、この世界の人間は魔力を一つも持っていない。つまり、君たちに魔法を使うことはできない」


 ほむらは結構真剣な目で俺を見つめる。

 それにしても、その話が本当なのだとしたら、俺に魔法を使うことはできないのか、うーん、なんか知らないが、残念だ。


「まぁ、かなり信じ難いが……もし本当なのだとしたら、君はその世界の人間だから魔法を使えるんだな」

「……まぁ、人間も勿論使えるのだが、少し間違っているな。単刀直入に言うと、私は人間じゃなかった」


 ほむらは格好つけるように笑う。


「私は魔王だった」


*****


 殺風景な駅のホーム。

 そこに並んでいるベンチに俺たちは腰かけた。


「……で、魔王っていうのは、本気で言っているのか?さすがの俺でもそんなのを軽く信じるくらいお人よしではないぞ」


 魔法を信じている時点で大概なものだとは思うが……。


「なんだ?私を中二病だと思ってるのか?」

「うん、凄く思ってる」

「そうか、であれば、その身をもって感じてもらうしかないな……」


 そう言いながら、ほむらはベンチから立ち上がる。そして、俺の方に振り向くと、手を俺の額に置いた。


「一体何を……」


 言いかけた刹那。ほむらは何らかの刺激を俺の脳に与えた……!


「……その身で体感したほうが早かろう」


 そして、俺は意識を失った。


 意識喪失後……。俺は変な感覚に陥った。

 走馬灯の如く、いろいろな情報がどんどん脳内に思い浮かんでくるのだ。

 しかし、これは走馬灯とは違うな。走馬灯はアウトプットにあたるが、これはどちらかというと、インプットだ。


 しかし、何だこれは……!


———魔王様……どうやら目覚めたようですな……


———さぁ、人間共を駆逐しようか……!


———ああ、この世界はようやく、私のものとなったのか……!


———魔王軍幹部、ブァリルキア、倒れました……。


———勇者の出現……予言通りか……!


———奴に……奴に聖剣を取らせてはならぬ!!


———魔王様……、側近である私も……

———ああ、頼んだ……


———覚悟しろ‼︎魔王‼︎

———うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎


———く……勇者め……せめて私と同じ運命辿らせてやるっ……!


———貴様……!

———やっぱり、この呪い使ったな!運命ともにしてやるよ!!!


「はっ!!」


 大量の情報を俺の脳内に入ると、俺はその瞬間、現実に引き戻された。


「おお、やっと終わったか」


 隣では缶コーヒーを飲んでいるほむらがいた。


「飲むか?」


 ほむらはもう一缶の缶コーヒーを俺に手渡す。


「お、おう……」


 俺、そんなにコーヒー好きじゃないんだけどな……。

 まぁ、そんなとこ考えながらもコーヒーを一口飲んでみる。うん、苦い。


「今、君には私が前世で経験したものを魔法で見せてきた。脳内に関与するような魔法は人間は使うことのできない魔法だ。ここの人間たちはこれを「教育ドリーム」というらしいな」

「おい、その「教育ドリーム」ってどこ情報だ」


 すると、ほむらは一冊の漫画を取り出した。

 それは『大長編ドラ●もんVol.4のび●の海底鬼●城』。まさかの約40年前に発売された漫画だ。


「……そんなシーンあったっけ……あったかぁ……?てか、そんな本よんでたか読んでたっけか……?」

「ともかく、そんな感じのものを君に見せてみた。これで少しは信じられたか……?」


 彼女は俺をじっと見つめる。

 そんな彼女の顔はどこか切なげであった。


「なぜ、俺に信じさせてこようとするんだ?そんなことを……」

「ん?君の俺にも魔法が使えるのか?」に対する質問のただの延長だが」


 ほむらは先ほどの切なげな表情から一転。急にすっとぼけた顔をした。


「あ、あとこれ」


 ほむらは一枚の紙を俺に手渡す。

 それは何やら見覚えのある、一枚の単なる入部届であった。


「私たちの部活。今二人しかいないから良かったら入れ」

「……検討しときます」

「それじゃ」


 そうほむらは告げると、いきなり駅のホームから飛び降りた。


「ちょっ、ちょっと⁉︎」


 線路上を見てみるが、彼女の姿はどこにもない。

 ふと、上を見た時、彼女が空を浮遊しているのが目に見えた。


「じゃあ、興味があったら明日部活まで来てくれ」


 そうして、ほむらは超加速で空の帰路についた。

 うーん……こんなのを見せられては、やはり信じざるを得ないのだろうか。


「それにしても、今何時だ……?」


 駅のホームの時計を見てみると、その針は一時半頃を指していた。


「終電……終わっちゃってるじゃん」


*****


 その後、なんとか俺はタクシーを捕まえて、帰宅することができた。

 しかし帰った頃にはもう3時を回っており、あと数時間後にはまたここから出なければならなくなっていた。

 もうやだ。学校休みたい。


 しかし、そんなわけにはいかないものだ。激しい教育ドリームを見せられはしたものの、駅のホームで寝ていたのは間違いではないため、今の俺に睡魔というものは存在しない。こうなったら、出発するまで起きておくか。ボーっと起きているだけでは暇だな……。インターネットでもみるか。


 そう思いつき、パソコンを立ち上げる。俺はちゃんとネットサーフィンする時はパソコンでやる派なのだ。


 ぼーっとネット記事をスクロールしていると一つの記事が俺の目に留まった。


『姫路駅構内にて、ゲテモノ』


「ゲテモノって……なんか曖昧な言い方だなぁ……」


 俺は少し気になり、そのネット記事をクリックする。そこには一枚の画像が添付されていた。

 その画像には黒くて、禍々しいオーラを放った、スライム状の何かが駅に存在している画像であった。

 サイズは人より少しばかり大きいほどだろうか。結構でかい。


 まぁ、確かにこれは、ゲテモノと言わずして、なんという。という感じだな。


 俺はネットサーフィンを秒で飽きて、さっさとまんがタイムきららの百合漫画を読むのにあたった。

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