校庭の一角

いつも通う小学校の校庭には、片隅に小さな森があった。


校舎からはだいぶ離れており、道路のすぐそば。

昔は学校の敷地ではなかった。

誰かが所有する土地だったという話を聞いたことがある。


その森の大きさは、普通乗用車を縦に三台並べたほど。

森の中には、人一人がやっと通れるくらいの小道が続いていた。


小道も誰が作ったのかは分からなかった。

業者が整備した形跡はなく、土に埋まったレンガの道は手作り感にあふれていた。

歩くたびに気分が高鳴る、不思議な道だった。


だが、その小道の先にはベンチは置かれていない。

代わりに、誰かがどこからか持ってきたような椅子いすが一脚、ぽつんと置かれていた。


「あの椅子って、何なんだろうね」


エミちゃんが言い、わたしは横を向いた。

今は二人して、校庭の一角、森の前に立っている。

わたしは少し考えて、答えた。


「先生か誰かが用意してくれたんだと思う。森の中はひんやりしてるし」


「でも、椅子は一つしかないよね? 普通ならもっと、何人も座れるようにするんじゃないかな?」


「それはそうだけど……」


エミちゃんと話していると、とうとう小道の先にまでたどり着いてしまった。


椅子は木製。近くに寄ってみると、木材の切り口や、座り心地の良さを考えたデザインが目につく。やはり、誰かが手作りした椅子のように見えてならなかった。


足の部分は地中に埋められ、白い貝殻のような石でキラキラと飾られていた。

座り心地も外見も、どちらも良さそうに見えた。


「あっ、エミちゃん」


さっと、エミちゃんが椅子に座る。


大人が座るよりも、子どもの座り心地を意識した椅子だろう。

エミちゃんが椅子に座ると少し余る。わたしたちより少し大きい子には、快適な座り心地となる椅子に見えた。


「ねえ、どう? サマになってる?」


頬杖ほおづえをつき、まるでファッション雑誌のモデルのようなポーズを取るエミちゃん。

可愛らしさが際立ち、まるで雑誌から抜け出したかのように見えた。


「そう言えば、あの場所じゃないかな」


エミちゃんが椅子に座ったまま、森の一角を指さす。

草が生えてよく見えなかったが、少し大きめの石が置かれている。


「あの場所にね、前は小さな赤い鳥居が立っていたって聞いたことがある。

亡くなったウサギやニワトリを埋めていたんだって。でも、その噂って本当かな?」


「うーん、そうかもしれないけど……」


エミちゃんの言う話は今までに聞いたことがない。

ただ、小さな赤い鳥居の話だけは、どこかで聞いた記憶がある。

だが、どこで聞いたのかは思い出せなかった。


思い出そうとしていると、エミちゃんが急に立ち上がった。


「なんだか、この椅子……座っていると変な気分になってきた」


「どういうこと?」


「うまく言えないけど、何かが変なんだよ。チサキちゃんも座ってみて」


「えっ、無理だよ。怖いもん」


わたしは座るのを嫌がった。

それでも、エミちゃんは茶化すように椅子に座るようすすめてくる。

けれど、わたしは森の中に一脚しかない不気味な椅子の上に座りたくはなかった。


「エミちゃん、やめて。本当に無理……」


その瞬間だった。

音もなく、森の中に人影が現れた。


黒い長めのワンピースに白い丸えり、胸元には赤いひものようなリボン。

長い黒髪の女の子が、一人静かに立っている。


その子はエミちゃんの正面、石のそばにある木々の影から、じっとこちらを見つめていた。


「ねえ、エミちゃん。ほら、あの子……」


「え? なになに」


エミちゃんが振り返る。急にひんやりとした空気に包まれたように感じた。

辺りの温度が一気に下がった気がしたのだ。


半笑いだったエミちゃんが、わたしの腕をぐっとつかむ。

そのまま小道を引き返すように、必死で森から離れさせた。


「痛い……痛いってば、エミちゃん!」


必死に後ろについて行くと、やがて森を抜け、校庭へと出た。

深呼吸を繰り返し、息を整える。


「どうしたの、エミちゃん。急に腕を引っ張るなんて」


振り返ったエミちゃんの顔は青ざめていた。


「み、見えてなか、ったの……?」


「見えてないって、何が? 女の子がいたのは見たけど」


「女の子? いや、ちがう……」


その後もエミちゃんは小さな声で何か言っていたが、聞き取れなかった。


「ねえ、エミちゃん。森の中で何が見えたの?」


「えっと、あれはね――」


目を泳がせ、しどろもどろになりながらも、説明を始めるエミちゃん。

ただ、何でそんなものが見えたのか。

エミちゃんの話を聞いても、森の中であったことが信じられなかった。



エミちゃんが言った。


「森の中で見えたもの、あれはね、化け物だよ。

大きい風船みたいな赤い顔がどろどろ溶けて、何回も何回も泣き叫んでいてね。


「痛いよ、苦しいよ」って何度も言っていてね。小さい女の子の体がくっついていて、ぼそぼそ、ずっと泣きわめいていた。


「こんなにふくれあがった顔じゃなくて、あなたの可愛いお顔をちょうだいよ」って。


あの声って、もしかしたら赤ちゃんの声だったんじゃないかな。

可愛いお顔をちょうだいよって言っていたから。

ほら、小さな赤い鳥居があったって……。

その声がどこかから聞こえたから、チサキちゃんを連れて走ったの。


あの女の子ね、チサキちゃんの方をずっと見ながら――そう言っていたんだよ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学校の怖い噂 東西 美都 @Tozai_Mito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ