今はない児童館

これは、僕が子どもの頃――今はなくなった、ある古い児童館に行ったときに起こった話です。




その頃の児童館では、椅子いす取りゲームをすることがありました。

僕はあまり気乗りしませんでした。なぜなら、椅子に座れなかったとき、一人で立たされて、みんなから笑われたりして恥ずかしい思いをしたことがあったからです。

その日も椅子取りゲームがありました。

またかと思いながらも、みんなが楽しそうに参加していたので、僕もみんなに合わせて参加しました。



音楽が鳴り、僕はみんなの後に続いて置かれた椅子の周りを歩いていました。音楽が止まり、みんなが一斉に椅子へと座る。僕もあわてて、椅子の一つに座ろうとしました。



すると、変なことに気がついたんです。

椅子がぐるっと円状に置かれているのですが、円の反対側に一人の大人の女性が座っているんです。長い黒髪で、赤っぽいオレンジ色の服に白いスカートを履いた女性です。背を向けているので、顔の様子はわかりません。



児童館の椅子取りゲームなのにおかしいなぁって、最初は思いました。その人を見ていたら、椅子に座るのが遅れて、僕一人だけが残ってしまった。




そばにいた先生が、「どうしたの?」って言いました。

僕は、背中を向けて椅子取りゲームの椅子に座っている女性を指さそうとしました。

でも、誰も何も言わないので、僕もなかなか言い出せませんでした。



そのまま、椅子取りゲームが再び始まり、僕はみんなの後について歩きました。

椅子の上には不思議と誰も座っていなくて、さっきの女性もいなくなっていました。



音楽が止みました。みんなが再び椅子に座ると、僕は椅子の方を見て驚きました。

さっきの大人の女性が、反対側にある椅子に背中を向けながら座っていたのです。



僕はその人に向かって指をさし、「先生!」と叫びました。

先生はびっくりして近づき、「どうしたの?」と聞きました。

僕はもう、どうしていいかわからず、「そこに、大人の人が座っています!」と言いました。



先生は僕の指の先を見ました。

それから僕の方を見て、「何を言っているの? 大人の人なんて座っていないわよ」と言いました。



その言葉に、僕はムキになってしまいました。

「います! そこです。見えないんですか? 大人の女の人。長い髪をした女の人!」

そう言ったら、先生は黙ってしまい、小さな声で「そんな人、いないわよ」とつぶやきました。



僕はさらに言いました。

「オレンジっぽい服を着た人ですよ!」

そして反対側の椅子のところに向かって行きました。

少しでも文句を言いたくなったのです。椅子取りゲームができないのは、その人のせいだって言いたくて。



反対側に回り込んでみたら、僕は、あっと叫び出しそうになりました。

先ほど見えた大人の女性はどこにもいなくて、いるのは同じ児童館の子達だけでした。

みんな、僕を見てクスクス笑っています。



おかしいなと思って、僕は周囲を見回しました。

大人の女性は、やっぱりどこにも見当たりません。

先生が近寄って、「さっきから何を言っているの。大人の人なんてどこにもいないわよ」って言いました。

僕は「さっきは、ここに大人の人が座っていました」って言って、先生の方を見たんです。

そうしたら、驚くようなことがあって。ぎょっとしましたね。




先生の後ろ、みんなが持ち物をしまっている棚を背にして、知らない大人の女性が一人だけ立っていたんです。

長い黒髪にオレンジっぽい服を着て、白いスカートを履いた女性。でも、足元は裸足で、しかもれていたんです。



僕はその人を指さしましたが、先生には何も見えないようで、「もう、早くお家に帰りたくて、そんなことをしているのかな」って言うんです。

でも、先生の声は少し上ずっていて、かすかに震えていました。いったい、あれはなぜだったんでしょう。

僕ともなかなか目を合わせてくれません。

気になって、大人の女性の顔をじっと見ると、首元が真っ赤でどす黑くれていて、しかも、その女性の口元がすばやく動き、こう言ったんです。




「――そこに落ちた、あたしの気持ち、わかってくれた?」って。






<了>

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