魔法の世界が滅ぶまで

燕麦メイ

第1話 

 焼き付くような陽射しの朝だった。


 この街で一番広い広場の脇に、小綺麗なアパートがあった。その窓辺に座る少女は、広場を埋め尽くす人人人の後頭部を見つめていた。

 浮足立つような、人々の群れ。声をひそめて雑談したり、下品に笑ったり。一様に興奮気味に、待っている。


 やがて、その男は来た。


 腕と脚に縄を巻かれ、衛兵に背中を押されてよたよたと歩かされる姿は、路地裏の野良犬よりも哀れに見えた。観衆が待ってましたとばかりに怒号をあげる。


 ひとごろし。

 うらぎりもの。

 おまえには絞首刑がお似合いだ。


 それらの声に、男は顔をあげることなく、とぼとぼと歩かされていた。縄の引かれるたび、赤茶の髪が揺れる。上からではどんな表情をしているのか、見えなかった。


 誰かが丸いものを投げた。

 生卵が男の側頭部に当たり、白身がきらきら光って糸をひいて落ちた。もったいない。路地裏に行けば、そんな卵でも拾おうと必死な子供たちがいるのに。


 男が立ち止まる。

「おい……」男を歩かせようとした衛兵が、あとずさった。


 落ちた卵が、ぱちぱちと爆ぜて白くなった。


 次の瞬間、一瞬だけ燃えあがり、炭となって縮んでしまった。


 しん。

 群衆は声をなくしたように、静まりかえった。自分たちが下世話な話の種にしようとしたものが、何者なのか、今更気がついたのか。


「……黒魔術師め」


 誰かが言った。

 同時に縄が引かれ、男は再び歩きだした。

 少女はその後ろ姿を見送った。


 一度たりとも、視線が合うことはなかった。

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