第1章 ⑭


 その時、ドンッ! という鈍い音と共に再びバンが大きく揺れた。

 立て掛けてあった小銃が床に音を立てて投げ出され、その傍を空薬きょうが転がって行く。

 今の攻撃で、サスペンションがイカれたに違いない。

 バンは左右へ大きく揺さぶられ、貨物室の向う側の運転席からも悲鳴じみた声が聞こえて来る。

 夏彦は、負傷した警備員をほのかに任せ『さくら』の元へ。

 ふらふらと危なげな足取りのさくらをなんとかその腕に抱きとめる。


(本当に……『さくら』だ)


 夏彦は、改めて思わざるを得ない。  

 黒く艶やかな髪と潤んだ瞳。

 端正な顔立ちの中でもひと際目を引くその黒い瞳が夏彦の顔をまっすぐに見つめていた。

 ――――と、先ほどまでとは明らかに違う、鈍器で殴られるようなひと際大きな衝撃と同時に車内に風が吹き込んで来た。


「篠塚先輩!」


 ほのかの悲鳴のような呼び掛けに目を向けると、衝撃で引きちぎれたドアの一片が、道路の上を木の葉のように舞い、このバンを守っていた四輪駆動車が爆音と共に宙を舞って反対車線に消えて行く。


(高電磁パルス誘導弾! あんな物まで持っているのか!)


 あらゆる種類の電波妨害を無効化する最新鋭の歩兵火器。

 中距離・遠距離攻撃を専門にするエマさえいれば、最新鋭とは言え、どうと言う事も無い歩兵火器だが、近接戦闘を専門とする夏彦にはどうにも抗し難い兵器だ。まさか、跳んでくる誘導弾ミサイルを刀で真っ二つにするという訳にもいかないだろう。マンガではないのだ。


(まずい……まず過ぎる!)


 夏彦は、持てる能力の全てを掛けて頭をフル回転させる。

 だが、如何に頭脳を働かせようと前提条件が悪すぎる。

 サスペンションをやられたと思しきバンは、左右に揺れ動き足下さえ覚束ない状態で、その上こちらには、小銃と拳銃意外にまともな火器が何もない。夏彦自身が持って来た音響手榴弾スタン・グレネードも一般の車両がこれだけまわりにいる状態では、危なくて使えたものではない。

 事実上の八方塞がりだ。

 が、そうして夏彦が悩んでいる間にもバンの後ろ、五十メートル程の位置にぴったりと張り付いた敵の四輪駆動車のルーフの上では、男が高電磁パルス誘導弾の発射筒に次弾を装填中であり、さらに、その両サイドからは、敵の装甲バンが夏彦達のバンを襲撃すべく徐々に距離を詰めて来ている。


(これまでか…………)


 夏彦が思った、その時――


「夏彦くぅぅぅぅぅんっ!!!!!」


「か、夏音かおん!」


 夏音の声が聞こえたかと思った瞬間、距離を詰めようとしていた装甲バンが大きくスリップすると同時に横転、後方へとすっ飛んで行き、その脇を掠めるようにして夏音の操る深紅の蒸気スチームバイクが、仁王立ちする例の印半纏の銀髪少年を側車に乗せ後方から疾走して来た。

 バイクが高電磁パルス誘導弾をルーフに載せた件の四輪駆動車の横に並ぶと、銀髪少年ことアレクセイが助手席側に飛び付き、ドアを古いポスターでも剥がすかのように引っ剥がして車内の敵を後方へ放り投げる。

 アレクセイが跳び移ったのを確認して、夏音は夏彦達のバンの真後ろへとバイクを導いた。


「夏彦くん!」


「夏音、どうして高速を下りなかったんだ!」


「夏彦くんを置いて逃げられる訳ないよ! 夫婦は、何時だって一心同体なんだよ!」


「夏音……」


 思わず絶句する夏彦に夏音は、にっこりと微笑んだ。

 と、後ろの敵の四輪駆動車がクラクションを鳴らしライトを点滅させた。

 何事かと思った夏彦が後方を見ると、運転席にはアレクセイが座っており、どういう訳かルーフで誘導弾を装填中だった筈の敵がサイドミラーにしがみ付いて引きずられている。

 アレクセイが何か叫んだ。


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