プロローグ ②

 作戦の前夜、一つだけ吊るされた裸電球の下で行われた最後のブリーフィング。地図を背にした参謀将校が青ざめた表情の中に一種の凄みを湛えて静かに言った。


「この作戦に、我が国の、否、連合軍全体の命運が懸かっている。戦略生体兵器による敵戦線後方への奇襲攻撃。現在の我々に残された最後の切り札だ。今作戦における諸君の任務は戦略生体兵器『さくら』を敵戦線後方二十キロ地点――」


 そう言いつつ参謀は背後の地図の上に指を這わせ、ある一点を拳で叩いた。


「――この地点へ誘導する事である。敵の縦深防御陣地の位置はこの地図の通り。選び抜かれた戦術生体兵器である諸君であれば抜く事も決して難しくないだろう。この作戦は天候変動兵器の全面的な支援の元に行われる。中心気圧九百七十ヘクトパスカルの人工台風が、陣地に籠る敵の動きを牽制し諸君の前進をサポートする。だが、最も重要な点は、先にも言った通り今回の諸君の任務は敵の殲滅ではなく、目的地まで『さくら』を無事に送り届ける事であるという事だ。とにかく、どのような手を使ってでも『さくら』を送り届けろ」


 送り届けさえすれば――――


「戦略生体兵器の威力は絶大だ。特に『さくら』の持つ力はこれまでの戦略生体兵器の域を遥かに超えている。『さくら』がその力を使う事さえ出来れば、目的地に着きさえすれば、この戦局を覆せる。そして、この攻撃を端緒に連合軍は総反撃に転じ、全戦線において一大作戦が発動される」


 ──兵士諸君っ!

 参謀将校の拳が目の前の簡易デスクを叩き、その声が薄暗い地下壕の中に響いた。 

 日に焼けた両頬を溢れ出る涙で濡らしながら、彼は最後に絞り出すように言った。


「……祖国を救うのだ。諸君と『さくら』は、祖国日本の最後の希望だ」


 その為に選び抜かれた精鋭達、A(アルファ)からT(タンゴ)まである戦術生体兵器小隊から選抜された四十二名の戦術生体兵器。その内の三十六名が配布シェアされた戦況図には無かった敵の縦深防御陣地を突破する為の戦いで死んだ。

 眼前を飛び交う弾丸の光芒を眺めつつ、夏彦は軍刀をその身に引き寄せる。

 皆、最後は死ぬのだ。

 夏彦は、そろり、と軍刀を引き抜いた。

 ブン、という音と共に仄かに輝く紫電の光。

 と――

 エマが進んで行った方角から、どーん、と爆音が轟き、敵が肉片となって宙を舞った。


「突撃にぃぃ──」


 ──前へっ!


 自身の発した命令が響くが早いか、園田大尉はその能力を開放した。

 立ち上がった大尉目がけて殺到する敵の火力。

 だが、目が眩むほどの発砲炎にも関わらず弾は一弾たりとも大尉には当たらず、大尉の三メートルほど手前で蒸発していく。

 大尉は何事も無いかのように前方の敵達を見つめつつ、大尉につられて立ち上がった戦略生体兵器の少女をその背後に後ろ手で押し込んだ。

絶対防護アブソリュート・プロテクション

 大尉がこの任務に選ばれた一番の理由。

 質量はおろか熱量、光量すら阻む絶対的な鉄壁の防護力。

 戦略生体兵器である少女の護衛を大尉に任せ、皆が一斉に立ち上がり走り出す。

 突撃する皆の背後から夏彦は敵目掛けて一足跳びに跳躍した。全神経を駆け抜ける限界を無視した電気信号の奔流が、その能力を人間離れした物に押し上げる。

 空中で刀を振りかぶり、目標を物色。

 と、敵指揮官の傍らで懸命に闘う自分と同い年ぐらいの少年が見えた。

 幼さなさの残る額にうっすらと汗を浮かべ、後方の大尉達に向けて技を発動するその腕に輝く赤い徽章。

 敵の戦術生体兵器だ。


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