狙われた大根
えるん
第1話(完結)
いびきのような腹の音、唾を飲む音、あかぎれの手を摺り合わせる音に白いもやと共に吐き出される息の音。四人の男が奏でるそれは、円になって彼らが取り囲むアルミ鍋、その中でぐつぐつ、ぐつぐつと震える黄金色のつゆにその身をひたすひとつきりの大根に捧げられた合唱のようであった。衣服はぼろきれ、顔は無精髭と垢にまみれ、唇は乾いてささくれ立っている。高架下の太い柱の陰に集まった彼らの中心から立ち上る昆布と醤油とみりんの混じり合ったかぐわしい匂いに誘われてやってきた一匹の犬がいたが、四人の血走った眼に射すくめられ怖じ気づいたようにその場へ伏せた。
ぐびぐびと喉を鳴らしていた男が動いた。垢にまみれた手が箸を掴む。横合いから拳がとんだ。拳は男のやせこけた頬にあたって硬い音を立てた。先走った男はなおも鍋に飛びかかろうとしたが、残る二人の男の手によって押さえつけられてしまった。諦めきれないとみえて男が暴れた。足が鍋を蹴った。金の水面が波を打ち、つゆ色の大根がするりと滑る。はっとして二人の男が目を向けたとき、鍋は既に拳を放った男の両の手によってしっかりと捕まえられていたが、その手の平はじかに鍋に触れていた。二人の男は声を揃えて耐えろと吼えた。鍋を掴んだ男の仁王像のような形相と青筋の浮いた手は、言われずともわかっているという男の意志を雄弁に語っている。
ぴちっと音を立てて黄金色の滴が男の顔に飛んだ。声にならない悲鳴をあげて男の手は鍋を放り投げた。飛び出す大根。がぽりと押さえつけられた男の口にはまり、男に至福をもたらしたが、一瞬の後、汚い音とともに吐き出され、あついという意味の言葉を浴びながらころころと転がり、やがて犬の前に止まると、あっという間に犬の喉の奥に吸い込まれていった。
狙われた大根 えるん @eln_novel_20240511
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