もう、いらない
夏都きーなFNW所属
失ったんじゃない、元に戻っただけ
真央はいつもより少し遅れて教室に入った。窓際の席。
陸がまた、隣のクラスの女の子と笑いながら話していた。
その笑い声が、耳の奥で何度も響いた。
「…まただ。」
陸は真央に気づいていた。
チラッとだけ、視線がぶつかった。でも、何もなかったみたいに、またその子の方を見て笑った。
まるで最初から、私がいなかったみたいに。
陸はきっとわかってる。
私が、黙って傷ついてることも。
でも、気づかないふりをすることで、自分を守ってる。
そんなの、何回も見てきた。
付き合って数ヶ月。
最初は、あの笑顔が自分だけのものだと思ってた。
けど、陸は誰にでも優しくて、誰にでも笑ってた。
真央が特別な存在じゃないと気づいた瞬間から、胸の奥に冷たいものがずっと沈んでた。
家に帰って、英単語帳を開いても、陸の笑い声が脳に焼きついて消えなかった。
「どうして、こっちを見てくれないの?」
好きって、こんなに苦しかったっけ。
次の日、放課後の教室。
もう限界だった。
真央は机に手を置き、陸の方を向いて言った。
「少し、話せる?」
陸はゆっくり立ち上がった。何かを察している顔だった。
それでも、逃げるような目だった。
「もう、終わりにしよう。」
一言だけ。
でも、その言葉に今までの我慢も、傷も、全部詰め込んでいた。
陸は目を伏せた。少し間をおいて、言った。
「真央…俺、まだ好きだよ。」
ずるいと思った。
だったらどうして、あのとき私から目をそらしたの?
どうして、あの子とばかり話すの?
どうして、私だけ、ずっと黙っていなきゃいけないの?
「私も、好きだったよ。ほんとに。…でもね、好きってだけじゃ、もう耐えられなかった。気持ちが溢れちゃった。」
陸が手を伸ばしてきたけど、真央はそっと引いた。
「ちゃんとわかってたよね、私がどんな顔してたか。…気づかないふりしてただけでしょ。」
陸は何も言い返さなかった。
その夜、スマホが震えた。
「好きだ。」
たったそれだけのLINE。いつもと同じ、優しい言葉。
真央は画面を見て、数秒だけ考えた。
けど、もう心は動かなかった。
好きだって言葉で、揺れるほどじゃない。
あのとき黙っていたのも、視線をそらしたのも、
全部、あなたが選んだことでしょ。
真央は通知を消して、スマホを伏せた。
返信はしない。これからもしない。
朝、目が覚めたとき
胸の中に、重たい何かが消えているのを感じた。
静かだけど、はっきりとわかる。
「終わったんだな」って。
鏡の前で髪を整えながら、真央はふっと笑った。
無理に明るくもない。感傷にも浸らない。
ただ、心の中でひとことだけ、静かに思った。
私にだって私のことを大切にしてくれる人はいる。絶対。
もう、いらない。あの優しさも、迷いも。全部。
私は、新たな一歩を踏み出した。
もう、いらない 夏都きーなFNW所属 @510buki_san
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