午後の陽だまりと私の秘密

雨音|言葉を紡ぐ人

第1話 図書館の常連

その日も、私は図書館の角の席に座っていた。

午後二時。その時間帯、図書館にはいつも同じメンバーがいた。受験勉強に励む高校生たち、本を読むお年寄り、そして私。二十五歳のOL、藍子。

この季節の午後の陽だまりは、本当に心地よかった。窓から差し込む日光が、私の机の上に黄金色のシマ模様を作る。その温かさに包まれながら、私はいつも同じことをしていた。

本を読むふりをして、あの人のことを考える。

「また来たんだ」

その声は、私の心臓を止めさせた。

振り返ると、そこに立っていたのは、高樹健司だった。大学時代の先輩。三年前の春に、私たちは恋人同士だった。でも、叶わぬ事情で別れた。

「先輩...」

「いや、驚いた。こんなところで会うなんて」

彼は相変わらずの優しい笑顔で、私の前に座った。変わらない横顔。変わらない仕草。けれど、彼の左手には、確かに婚約指輪があった。

「お疲れ様。仕事終わりに寄ったんですか?」

「そこそこ。君は?」

「本を読んでました」

その嘘が、どれだけ上手に出たのか、彼は気づかなかったようだ。

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