第14話 ミレーユさんと朝食



「まぁ、フィルちゃんいらっしゃい」


 ミレーユさんは私が案内されて部屋に入ると嬉しそうに笑顔になった。私は少しオシャレをしていたが、ミレーユさんは昨日とおなじ寝巻きのまま。ただ少し顔色が良さそうで安心した。


「おはようございます、ミレーユさん。お誘いいただいて嬉しかったです」

「うふふ、喜んでもらえたようでよかった。うちのシェフの料理は美味しいの。ぜひ楽しんでね」

「もしかしてシェフもご実家から?」

「えぇ。私は生まれつき体が弱くてね。食べられない食材も多いから気心しれているシェフに帯同してもらっているの。うちのシェフが作るチーズリゾットは絶品よ」

「チーズ……リゾット。私、一度食べたことがあって大好きなんです」

「まぁよかった。あらあら、本当にフィルちゃんは可愛いわねぇ」


 ミレーユさんはお上品に笑うとエースに目を向けた。


「エースさん、ごめんなさいね。リザリアから聞いたわ。朝食はフィルちゃんと二人でエースさんが取りたがっていたって。でもダメ。フィルちゃんとご飯を食べたいのはあなただけじゃないのよ?」

「ミレーユ様、私めはそのような事は」

「あら、そうかしら? 不満げな表情が印象的だけれど?」


 ぐぬぬ、とエースが押し黙った。ミレーユさんとエースはどうやら結構仲がいいみたいだ。やはり、ミレーユさんが一番最初にこのお屋敷に来た時はエースがお世話を担当していたんだろうか。


「私めは、フィルミーヌ様がまだ慣れないなか身分の高いミレーユ様とお食事をするのは負担になるのではと考えただけでございます」

「それは、そうね。ごめんねフィルちゃん。気を使わせちゃったかしら? でも気にしないでね。私は身分が高いと言われるけれど今は皆平等に王子の公妾なのだから。私のことはお姉ちゃんだと思って接してくれて構わないのよ」

「私、ミレーユさんとちゃんとお話したかったから嬉しかったです。庶民出身の私に優しくしてくださって……すごく怖かったのがミレーユさんのおかげで解消されたから」


 私の言葉をきいてミレーユさんはエースの方に得意げに視線をやった。それがどうしてか私にはわからなかったが、でもきっと歓迎してくれているとわかったかあやっぱり嬉しかった。


「この先は、しばらくお妃教育があるから大変だと思うけれどがんばってね。あっ、お料理ができたみたい」


 そうだ。お妃教育といえば王子の正妻になった時のために妃としてふさわしい振る舞いができるようにある程度の教養や所作を身につけておくことだ。

 

「こちら、チーズリゾットでございます」


 侍女のリザリアさんが運んでくれたリゾットはオシャレな深皿に盛り付けられている。お皿の模様の端っこに小さな猫が描かれているのできっとミレーユさんのオーダー品だ。


「美味しい。さ、フィルちゃんも遠慮なく食べてね」


 私は熱々のリゾットにスプーンをくぐらせた。エースに忠告されたように食器と当たって音が立たないようにそっと掬い上げ、口元で冷ましてから小さく頬張る。お米の甘い味、チーズの香ばしさ、ハーブと胡椒がそれを調和させている。朝にふさわしい優しい味についうっとりしてしまった。


「とても……おいしいです」

「よかった。隠し味にミルクが入っているの。だから栄養もたっぷりだし、胃もたれもしないわ」

「ミレーユさん、ありがとうございます」

「うふふ、また体調がいい日はお声がけするわね。聞いてよ、同じ東棟に住んでるシュリレなんて誘っても来てくれないの。研究がどうとか言ってひどいでしょう?」

「いつでもご一緒できたら嬉しいです。そうだ、シュリレさんにご挨拶しないと」

「あの子は、フィルちゃんと違って目的があって公妾になった子だからきっともっとフランクで接しやすいと思うわ」

「目的ですか?」

「えぇ、あの子は研究者として名前を残すために王族の公妾になったの。だから、恋愛なんて興味ない〜って感じでさっぱりした子よ。たまにはお茶の誘いくらい受けてくれたっていいけれど」


 ぷくっと頬を膨らませたミレーユさんは小さくため息をついた。なんて綺麗な人なんだろう。優しくて、綺麗で、聡明で。完璧な女性だ。私も、いつかミレーユさんみたいな素敵な女性になれるんだろうか?


「ねぇ、フィルちゃん。今朝、お庭に行ったのよね?」

「あっ……はい。勝手に出ちゃいました」

「まぁ。おてんば子猫ちゃんみたいで可愛いわ。ところで、そこに庭師はいなかった?」


 庭師と言われて一人の青年の顔が思い浮かんだ。私をみつけてちょっと困ったように声をかけてくれた……えっと。


「確か、ジョンという庭師の男性にお会いしました。スピンス家の庭師だっておっしゃっていたような」

「ジョンは元気そうにしてた?」

「えぇ。私が勝手に抜け出したんじゃないかって教えてくれたのジョンさんなんです。困らせてしまってごめんなさい」

「そう……。私のこと何か言ってなかった?」

「ご挨拶をした程度で、スピンス家の庭師ということしか」


 ミレーユさんは少し残念そうに眉を下げた。それから「元気そうならよかった」と悲しげに窓の方を見つめる。そう言えばジョンさんもミレーユさんのことを「お嬢様」といいかけて「ミレーユ様」と言い直していたっけ。

 二人に何かあったのだろうか。


 私は、せっかくのお天気だというのに食堂のカーテンが全て閉まっていることに気がついて違和感を覚えた。



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