第12話 過剰な心配と貴族の常識
「いっ、いらっしゃいました〜!!」
私が中庭から廊下に戻り、こっそり2階の階段付近を歩いている時だった。一人のメイドさんが声を上げ、私の体をぎゅっと掴んだ。しばらく固まっていると、息を切らしたエースが私の前に立ちはだかり……
「どこに、行っていたんですか」
と言って私の顔を覗き込んだ。まるで拉致された子供を探す母親くらい焦ったような安心したような表情で私の中に罪悪感が芽生え始める。いつも綺麗に整えられた黒髪も乱れ、モノクルも曲がっている。あと、彼は手袋をするのも忘れているようだった。
「中庭へ」
「中庭? まさか、逃げようと?」
「中庭から逃げられるんですか?」
「いいえ、逃げられませんが。そうじゃなくどうしてこんな朝方に何も言わずに外へ? 私めどもに何か不手際が? もしや、ベッドメイクにご不満が?」
「いいえ?」
私の答えに、彼はなんのことかわからないと言わんばかりに首を捻った。なので、正直に話してみる。
「朝、早く起きるのが習慣になっていて、それで外の空気を吸おうと」
「ならバルコニーで十分では?」
「そう。そうなんだけど、バルコニーから見えた中庭を見てこうもっと近くで緑を感じたかったの」
「では、どうして私めを起こしてくださらなかったのですか」
エースの後ろにいるメイドさんたちも「うんうん」と頷いた。
「それは、明け方だったのだし。エースを起こしたら悪いかなって思って……」
彼は「信じられない」と言いたげに目を見開いて、それから目を閉じため息を我慢するように肩を動かした。それから、まだ土で汚れている私の手を胸ポケットから出したハンカチで拭う。
「いいですか、フィルミーヌ様」
「はい」
「ここで公妾として過ごすからには、『使用人に申し訳ないから』などと考えることをおやめください。私めたちは、公妾様たちの安全と安心を守るためにここに存在しているのです」
「でも、ちょっと中庭に出るだけよ」
「フィルミーヌ様、とても心配したんですよ。貴女様が、慣れない環境にいらしてもし何か思い悩んでしまっていたら? もし悲しみや寂しさを一人で抱えてしまっていたら? 貴女様がベッドいないと分かった時、私めは心臓を冷水で雑に洗われるような気分でございました」
「それは、ごめんなさい」
「謝っていただきたいわけではないのです。そうではなくて、もっと私めを頼ってほしいと言っているのです」
後ろのメイドさんたちが「うんうん」と頷いた。彼女たちは初めてあった人たちではあるが、私の行動のせいで心配をさせてしまったのかもしれない。
「わかったわ。次からはちゃんと報告するようにします」
エースは「分かってくださって何よりです」と言ったあと、私の方を再び笑顔で見つめた。
「それでは、今後はフィルミーヌ様がいつどこで何をどんな目的でするのかを私めに常にご共有をお願いいたしますね。できるだけ、私めも貴女様にご同行させていただきます。あぁ、ご心配なく。バスタイムやエステルームをご利用の際は私めがご用意したメイドが同行させていただきますゆえ」
それは、本当に貴族皆さんはそうしているの? と私が疑問に思って他のメイドさんたちをチラッとみると、目を逸らされてしまう。
もしかしたら、エースはすごく過保護なのかもしれない。
「えぇ、わかったわ。それじゃあ、今から部屋に戻って少しゆっくりしようかしら」
ぎこちない言葉に、彼はにっこり笑顔になる。
「その間に朝食をご準備しましょう。フィルミーヌ様、朝はトーストしたパンに季節のお野菜をソテーして乗せて食べるのがお好きですね」
「なんで知ってるの?」
「当然でございます。ささ、手を」
彼はさっと手袋をつけると私に手を差し出した。今まであまり意識しなかったけれど、とても大きくて綺麗な手だ。
「ありがとう」
「とんでもございません。ところで、中庭では何を? 花は楽しめましたか?」
「ええ。とても綺麗に管理された花壇で感動したわ。それにあの土も素晴らしいものだったし……。欲をいえばもうちょっと観察していたかったかも」
「あの中庭を管理する庭師のジョンはスピンス家の庭師の家系ですから。彼の知識や技術は超一流でございます。このお屋敷の中庭は数々ある王家の屋敷の中でもトップレベルの美しさですよ」
「そうだったの。もし可能なら私の植木鉢が届いたらあの土を分けてもらおうかな」
「きっと、喜んでわけてくださりますよ。公妾様が土に触れるというのは前代未聞でございますが……」
「すごく楽しいのよ? エースも執事であればお花の交換とかで触るでしょう?」
彼は珍しく即答しない。
もしかして、執事は部屋の中の花の世話はしないのだろうか?
「えぇ、それはそう、もちろんでございます」
いつもは余裕の彼の声が少し上ずった。
もしかして、虫が苦手とか? あぁ、それとも執事長になるレベルの人は実は爵位を持っていて土に触ったことがない、とか?
ふかふかの土を触るのはとっても楽しいのに。
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