第10話 私の欲しいもの
「ところで、フィルミーヌ様。お聞きしたいことが」
少しの沈黙の後、話と空気を切り替えるようにエースがパンパンと拍手をした。作り笑顔であるが見惚れてしまうくらい美しい。
「何かしら」
「お部屋が寂しいと思いませんか?」
「お部屋?」
「えぇ、この部屋はフィルミーヌ様のために用意された寝室です。先ほど、ミレーユ様のお部屋を見たと思いますが、彼女は大の猫好きでして。彼女に合わせて猫のアンティークを揃えているんです。そのような形でこのお部屋もフィルミーヌ様色に染められればと」
確かに、ミレーユさんのお部屋はとても素敵だった。猫モチーフのアンティークやクッション、そういえばティーカップの持ち手も猫のしっぽのデザインだった。
その上、彼女の部屋には本棚もあったけれど、私の部屋はなんだかガランとしている。
「まず、そうですね。お好きなものはございますか?」
「好きなもの、と言われると難しいわ」
私は小さい頃から家にいる時は農業か家事のお手伝いをしていたからお友達と遊びに行ったりすることはほとんどなかったし、何かを特別好きになって趣味を楽しんでいたという記憶はない。人並みにお人形遊びやお絵描きなんかは好きだったけれど。
「普段、趣味など楽しまれていなかったと伺っていますが何かお好きなものはございますか? 例えば、ミレーユ様で言えば猫のような。こう動物や花などのモチーフでも良いですよ」
「お花は好きかも。私が住んでいたのは農業地区だったの時期によっては野菜畑が一斉に花を咲かせるのよ。その景色は綺麗で毎年楽しみにしていたわ」
「では、花をあしらったアンティークを仕立てましょう。どのような花が好みで?」
「どのような……派手はものよりも小さい花が好きですね。コスモスとかマーガレット、あとはライラック……ふふっ、どれもお野菜のお花じゃなかったわ」
「あっ……」
エースが私をみてぴたりと動きを止めた。
もしかして今の冗談? がつまらなすぎたかしら。それとも王家では嫌われている花を言ってしまった?
「ごめんなさい、私なにか良くない事言ったかしら?」
彼は小さく首を振ると一度後ろを向いて息を小さく吐いてからこちらに向き直すとまるで私に復讐するみたいに美しい笑顔を向けていった。
「今、フィルミーヌ様が初めて笑ってくださったので。王子の見る目は間違っていなかったと思ったのです。大変、貴女様の笑顔はお美しい、私めは胸を打たれてしまいました」
ぶわぁと私の顔が熱くなった。面と向かって「美しい」と言われるのはやっぱりまだ恥ずかしい。貴族のお嬢様なら言われ慣れているのだろうけれど、私が過ごしてきた日常は「元気」「仕事が早い」「賢い」が褒め言葉だった。もちろん、父と母は私を溺愛してくれていたけれど。
「そんなお世辞はいらないわ」
「おやおや。お世辞だと思われるのは遺憾でございます。フィルミーヌ様がお美しいのはれっきとした事実でございますから、ご自覚いただいて。コスモス・マーガレット・ライラックですね」
「あと、わがままを言えるのならバルコニーで花か野菜を育てたいわ」
「わがままではございませんよ。必要であれば温室を新設することも可能ですし」
「あぁ、いえ。とりあえず植木鉢がいくつかあればそれでいいわ」
「小さい頃から、お花が好きなのは変わらないのですね」
「えぇ。とっても」
と答えてから幼い頃からことを彼が知っているのにゾッとしつつ、他に必要なものを考える。
人間の欲は恐ろしい、無制限に何かを手に入れられると言われればそれが市民の年貢から出ると分かっていても頭には「欲しいもの」が思い浮かんでくるのだ。
「あの、学校でできるはずだった勉強をしたいです」
「そちらは家庭教師を手配済みですよ。他に何か勉強したいのであればご用意しますよ。研究施設もございますし」
「それは……やめておくわ。じゃ、いくつか本を買っても?」
「タイトルをお願いします」
私はいくつかシリーズものの小説の名前を答えた。何度が学校の図書室でお世話になったものでどれも大好きなお話だ。
「では、そちらの本と類似したものも合わせてご用意いたします。それから、花の図鑑や学術書などもご用意しましょうね。フィルミーヌ様、他には?」
「もうないわ。もし、ここで暮らす中で欲しいものができたらお願いするわね」
「勿論でございます。私めの方でも必要なものは勝手に用意しますのでご心配なく。さて、お食事ですがいかがなさいますか。こちらへお運びしますがお好きなシチューを仕立てましょうか」
エースは「きのことお野菜たっぷりがお好きだと存じておりますよ」と付け加えた。確かに、その通りなのだが、やっぱりちょっと怖い。
「どうしてそれを?」
「我々は王族でございますよ。一人のお嬢さんの好みを調べることなど造作もないのです」
「そ、そうなの」
「それでは、お食事ができたら運ばせます。それまでゆっくり体をお休めください。テーブルの上のベルを鳴らしていただければ私めが飛んで参りますので」
エースはどこか嬉しそうに活き活きとした表情でそういうと、部屋を出ていった。
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