〈戦国百合〉戦国の華、乱世を駆ける 百合の花

リューガイ

プロローグ

静かで穏やかな風が、城下町の水面にさざ波を立てていた。


 その日の浅井家は、いつものように温かい笑い声に満ちていた。庭には、父である浅井長政が、母のお市の方と楽しそうに語り合う声が響く。そして、そのすぐそばで、三姉妹が日向ぼっこをしていた。


 長女の茶々は、姉らしい優しい眼差しで妹たちを見守っていた。次女の初は、姉と妹の腕をしっかりと握りしめ、二人の間にいることが何より幸せだという顔で笑っている。末っ子の江は、そんな穏やかな空気に飽きたように、野山を駆け回る夢を語り、姉たちを困らせていた。


「いつまでも、こうしていられたらいいのにねぇ」


 お市の方のつぶやきに、三姉妹は顔を見合わせた。この幸せが永遠に続くものだと、彼女たちは信じて疑わなかった。


 しかし、その日、父の部屋から聞こえてきたのは、決して聞きたくない言葉だった。


「殿、決断なされよ。このままでは、浅井家は信長の駒にされてしまいます」


 重臣の一人が、張り詰めた声で長政に訴えかけていた。長政の声は、重く、苦悶に満ちていた。


「わかっておる。だが、信長との盟約を破れば……」


「朝倉家との絆は、それ以上に深きもの。浅井家の安泰を願うのであれば、今、決断する他ありますまい!」


 重臣の声が、長政の胸を抉るように響く。長政は、深く息を吐き出す。


「……やむを得ん。信長を……裏切る」


 その一言が、穏やかな日々にヒビを入れた。父と母の苦悶に満ちた顔。そして、突如として家族を襲う戦の足音。


 運命の歯車が、狂おしい音を立てて回り始める。


 夜になり、長政から今後の方針を聞いた三姉妹とお市の方は、そのあまりにも過酷な現実に言葉を失った。引き裂かれ、離れ離れになるかもしれないという恐怖の中で、互いの手を取り合った。その手の中に宿る熱が、彼女たちを繋ぐ唯一の光だった。


「私たちが、どんな道を選ぼうとも……」


 お市の方が、震える声でつぶやく。


「絶対に、生き抜くよ」


 茶々の言葉に、初と江は頷いた。


「三人で、また一緒に暮らすの」


 江が、決意を秘めた瞳で言った。それは、家族を失い、誰にも頼れない戦国の世で、互いだけを愛し、守り抜くという、彼女たちだけの秘密の誓いだった。


 この日を境に、三姉妹の穏やかな日常は、二度と戻らないものとなった。しかし、このプロローグが、やがて彼女たちの深い愛の物語を紡ぎ出す、始まりのページとなる


 登場人物:


 浅井長政: 織田信長との同盟に葛藤を抱える浅井家の当主。


 お市の方: 長政の妻であり、信長の妹。


 茶々(長女): 聡明で優しい性格。


 初(次女): 姉と妹のことが大好きなシスコン。


 江(三女): 野心家で好奇心旺盛なお転婆。


 重臣: 織田との同盟に不満を持つ。

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