レディー

ナカメグミ

レディー

 「はい、レディーファースト!」。

その男は、いつも私を見かけると、満面の笑みでドアを開けてくれます。

 いや、ドアくらい、自分で開けれるし。

 ここ、日本だし。

そんな言葉を飲み込んで、

「ありがとうございます」。私は押さえてくれたドアから、中に入ります。

彼は、まちの議員です。今日は議会の開会日。写真を撮るため、議場に入ります。彼が開けてくれたのは、議場のドアです。

 

 個人的に、レディーファーストを日本で実践する男性は、男尊女卑の傾向があると思います。ドアを開ける時点で、彼は自分が男性で、相手は自分よりか弱い女性であることを意識しています。開けられた女性は、必ずお礼を言って入ることになり、男性は大変、満足します。中には、欧米での生活が長くて、自然とエチケットとして身についている男性もいますが。


 議会が閉会すると、老を労う宴会が催されます。議員、首長らが畳敷きの大広間に集まり、飲んで食べます。この日は20人ほど。地元のマスコミの記者もこの場にいます。その年度に首長が行う事業内容と議会の判断、一般会計や特別会計などの財政状況は、その都度、報道済みです。宴会で大事なのは、まちの情報を多く知る議員に、議会では出てこない話をきくためです。


 宴会の終盤。それは起きました。

「◯村さん、ちょっと」。前方から、名前を呼ばれました。あの「レディーファースト」です。

「これ、つけてみて」。

 彼は立ち上がり、あるものを広げて、にやついていました。

 肌色の布地。長いエプロン。それには、女性の乳房、へそ、下腹部が描かれていました。宴会を盛り上げるグッズでしょう。それを見て笑いながら、私の方を見る赤ら顔の男たち。自分の頬がほてるのが、はっきりとわかりました。


 私、それ、もう全部、ついてますし。

 この場でつける必要、ありますか?

 下ネタは言葉だけれど、見世物にまで、ならなければいけませんか?


「ま、勘弁してあげてよ」。

支局長が切り上げてくれました。


 帰りのタクシーの中で、支局長が

「きみもいろいろ、大変だと思うけど。頑張ってよ」。

励ましてくれました。心底、心配してくれているのがわかりました。

 仕事は頑張ります。

 でもあの男は、許せません。


 翌日、下準備に入りました。あの男の家に、電話をかけました。取材の申し込みをしました。2つ返事で、受けてくれました。


 当日、早朝から約束の場所に車を走らせました。あの男のビニールハウス。

まちの議員は、議会活動のほかに、生活のための本業を持っています。

 彼の仕事は、美しいものを育てるのが仕事です。

「いらっしゃい」。軽トラックから、彼が笑顔で下りてきました。


 ビニールハウスに入ります。青、紫がかった青、白がまさる水色。

そこは美しい色が広がっています。彼の職業は、花の栽培農家。出荷まっさかりのハウスを取材させてもらいたいと、お願いしていました。

「きれいでしょ」。得意げに振り向いたかれの首筋に、刺し込みました。

 花ばさみ。花の茎が刃の厚さでつぶれてしまうと、水の吸い込みが悪くなるので、その刃は薄い。鋭いそれを、彼の太い首筋に刺しました。

 

 おまえが育てているものは、美しい。

 でも、おまえの心は、きたない。

 人を、はずかしめるな。

 私はおまえを、はずかしめたことはないだろう。


 彼の赤い血が、青、紫、水色。繊細でやわらかそうな、一見花びらのように見えるがく片に散らばりました。新しい品種の花が、咲き誇ったようでした。

 あんた、血は、きれいなんだな

ビニールハウスを出て、車に乗って帰りました。


 家に着きました。警察はまだ来ません。眠れない夜によく口にする、液体を飲みました。魅惑的な琥珀色。スモーキーな香り。ウイスキー。

スコッチ。

 

 子供のころ、留守番をする夜に、楽しみに見ていたドラマがありました。男性の俳優が、探偵事務所の所長を演じていました。長身の体で、ブーメランを投げていました。上品なふるまい、時折見せる無邪気な笑顔。かと思えば時代劇では、無表情で冷徹な殺し屋でした。

 彼は、気分が上がったり下がったりする病気ののち、薬の影響で増えたと思われる体重をジョギングで落として、飛び降りました。あの探偵事務所の所長役の写真を、遺影に指定していました。飛び降りたのは、死ぬ役を演じたドラマが放送される当日でした。31歳。完璧な準備でした。

 

 国民的に人気だった刑事ドラマで、彼が演じた役名が、この琥珀色の液体の名前と同じでした。


 人を楽しませるために、カメラの前で笑ったり。泣いたり。彼は生前、どれだけの神経を使ったのでしょうか。

 人の死は、さまざまです。事故、事件、災害、紛争。一般的な、身体的寿命。

そして精神的な寿命だって、あるのです。体の器官と同じように、心だって働きすぎたら、限界が来ます。

 この琥珀色の液体が大好きで、34歳で逝った父を思い出して、私は心の中でつぶやきました。

 「最期くらい自由だ!」

(了)


 

 テレビや映画で


  

 

 





 



 

 











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レディー ナカメグミ @megu1113

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ