第3話スナイデル王国
「ねえ、フィル。馬車で3日もかかるなんて、どうにかならない?」
散々泣いてスッキリしたのか、しばらくするとクリスティーナはケロリとして、フィルに悪態をつく。
「直接馬を駆って走ったら、1日で済むと思うわよ?」
さっきのか弱いクリスティーナはどこへ行ったのやら、とフィルはため息をつく。
「ドレスを着た王太子妃が馬で爆走してたら、どれだけ注目浴びるか分かって言ってる?」
「それなら変装すればいいのよ。近衛隊のクリスとしてなら怪しまれないでしょ?」
「クリスティーナ…。冗談に聞こえないからやめてくれ」
「あら、冗談言ってるつもりはないけど?」
フィルはガックリと肩を落とす。
「弱々しく泣いててくれた方がまだ安心かも…」
「ん?何か言った?」
「何でもありませんっ!あ、外の景色が綺麗ですっ!」
とにかく誤魔化そうと、フィルはどうでもいい話をひたすらしゃべり続けた。
日が落ちると近くの街で宿に泊まりながら、ようやく3日目にスナイデル王国行きの船に乗った。
「わあ、海よ!どこまでも水平線が広がってるわ。綺麗ね」
ふう、ヤレヤレ。船ならご機嫌で乗ってくれる、とフィルは安堵のため息をつく。
そして王宮を出発してから4日目に、ついに二人はスナイデル王国へとたどり着いた。
「これはこれは。遠い所をようこそお越しくださった」
「スナイデル国王陛下と王妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。コルティア国王太子フィリックスと妃のクリスティーナにございます。お目にかかれて光栄に存じます」
早速通された謁見の間で、二人は深々と挨拶する。
「まあ、お若くて見目麗しいお二人だこと。三人もお子様がいらっしゃるとは思えないわ。コルティア国は、益々栄えていかれるでしょうね」
「ありがたきお言葉にございます。王妃陛下」
スナイデル国王と王妃は即位して3年目で、年令も40代半ばと若く、二人の王子がいるが、どちらもまだ10代とのことだった。
長旅でお疲れでしょう。ゆっくり休んでくださいねと言われて、手短に謁見を終える。
二人は広々とした豪華な貴人の間に案内された。
「フィル、見て!海が見える!」
バルコニーに出ると、クリスティーナは興奮気味にフィルを振り返った。
「夕陽がキラキラして素敵。子ども達にも見せてあげたいなあ」
「ああ。いつかみんなで一緒に海を見に行こう」
「ええ!楽しみね」
にっこり笑うクリスティーナにフィルも微笑み返し、優しく肩を抱き寄せてキスをする。
「ちょ、フィル!よそ様のお城でなんてことを」
「あはは!キスくらいで何をそんなに赤くなってるの?」
「だから、なんてことを言うのよ!」
その時、コンコンとノックの音がして、クリスティーナは慌ててフィルから離れた。
「はい」
振り返って返事をすると、失礼いたしますと頭を下げ、執事らしき年配の男性がドアを開けて部屋に入って来た。
「王太子様、お妃様。今宵は国王陛下が晩餐会にお招きしたいとのことでございます。もしお疲れでなければ、ご臨席賜りますようお願い申し上げます」
フィルはクリスティーナに、どうする?と目で尋ねる。
クリスティーナは、大丈夫と頷いた。
先程、謁見の間では会えなかったが、晩餐会には国王の兄も来るかもしれない。
ここでの滞在日数も少ない為、少しでも早くお目にかかりたいところだった。
フィルも考えていることは同じらしく、クリスティーナに頷き返すと、執事に返事をする。
「お招きありがとうございます。喜んで伺います」
「かしこまりました。それでは19時にお迎えに上がります」
では後ほど…、とうやうやしくお辞儀をしてから、執事は部屋をあとにした。
*****
時間になり、支度を整えたフィルとクリスティーナは、執事に案内されてダイニングルームへと向かった。
フィルは燕尾服、そしてクリスティーナは胸元が大きく開いたローブデコルテに身を包み、オペラグローブをはめた手でフィルと腕を組む。
現れた二人に、王妃は感嘆のため息をついた。
「まあ、お二人ともなんて美しいのかしら。美男美女で、本当にお似合いね」
そして王妃は、隣に座っている男の子二人を紹介した。
「長男のダニエルと次男のキースですわ」
「初めまして。フィリックス様、クリスティーナ様」
17才だというダニエルは、社交界デビューも果たしているらしく、にかやかに胸に手を当てて頭を下げる。
隣の弟、15才のキースも、「初めまして、キースです」と見よう見まねで兄に続いた。
「初めまして。フィリックスとクリスティーナです」
「どうぞよろしくね」
フィルとクリスティーナも、二人の王子に笑いかける。
早速四人で乾杯してディナーが始まった。
ステーキの他にも海の幸、山の幸と、立地の良さを活かした採れたての食材で作られた料理は、どれもこれもが新鮮で美味しい。
「頼もしい王子がお二人もいらっしゃって、スナイデル王国も安泰ですね」
料理を味わいながら、フィルがそれとなく話を振る。
「いやいや、コルティア国こそ。長らく男児一人だった血筋に、王子がお二人お生まれになったそうで」
「ええ。スナイデル王国も、長きに渡って王子お一人の時代が続いたのですか?」
「ああ、まあ、そうですね」
「それではダニエル王子とキース王子のご誕生は、本当におめでたいことでございますね。次期国王は、やはりダニエル王子が継承されるのですか?」
「王位継承順位からいくと、そうなりますね。コルティア国はいかがですか?」
「今のところ、長男の方が順位は上です。ですが我々は、必ずしも古いしきたりに縛られる訳ではありません。古き良きものを残しつつ、その時代ごとに新たに制度を整えていくことも、大切だと思っております」
フィルの言葉に、国王は、なるほど、と頷く。
「王位継承順位も、今後見直すと?」
「必要があればそうします。しきたりにとらわれず、子ども達の意見を聞きながら話し合いたいと思っておりますが、今の時点では何とも申せませんね。なにしろ次男は、まだ1才ですので」
すると王妃が、あら!可愛らしいと目を細める。
「お会いしたかったわ。お二人のお子様達なら、さぞかし愛くるしいでしょうね」
「ありがとうございます。いつかお目にかかれる日を楽しみにしております」
クリスティーナの言葉に、ええ、ぜひ!と王妃も微笑んだ。
食事のあとは、コルティア国から持って来た友好の証の品々を献上する。
そして明日の午後、互いに友好条約を結び、夜には盛大な舞踏会が開かれることになった。
*****
「やっぱり国王陛下のお兄さんの話はタブーのようね」
部屋に戻り、寝衣に着替えると、ナイトガウンを羽織りながらクリスティーナはフィルに話しかけた。
「晩餐会にもいらっしゃらなかったし…。国王陛下も、長らく男児一人の時代が続いたのかって話を、気まずそうにしながらも否定されなかったしね」
「そうだな。やはりアンドレアの言った通り、この国には何かがある」
二人はソファに並んで座り、真剣に考えを巡らせる。
「ねえ、フィル。こんな状況で、本当に明日友好条約を結んでもいいの?」
「んー、確かに。けど今回の滞在は短いし、友好条約の内容も、既に国王同士で取り交わされている。俺はそれを確認して署名する役目でしかないからな」
「でももしこの国に何かがあるとしたら、友好条約を結ぶ前に知っておきたいわよね。事情によっては、そこで一旦ストップをかけることだってできる訳だし」
「それはそうだけど…。肝心の事情を探る時間はないぞ?なにせ明日条約を結んだら、明後日の午前中にはここを発つ弾丸スケジュールだからな。それとも滞在を少し伸ばす?」
その提案に、クリスティーナは即座に首を振る。
子ども達と離れる時間を最小限にしたくてスケジュールを組んだし、今も、少しでも早く帰りたかった。
「それなら、やっぱり明日の条約締結は避けられない。国王の意向でもあるしな」
「そうよね…」
仕方なく納得したクリスティーナだったが、頭の中では別のことを考え始める。
(明日の午前中、フィルはスナイデル国王陛下と条約の内容を確かめる為の密談をする。その時に私が…)
急に目つきを変えてニヤリと不敵な笑みを浮かべるクリスティーナに、フィルは嫌な予感がした。
「ちょっと、クリスティーナ?何か企んでるだろ」
「あら?企むなんて、そんなことはないわ。明日フィルがいない午前中に、お城のガーデンを案内してもらおうと思ってるの。楽しみだわー、綺麗なお花。うふふっ!」
絶対にそんなこと思ってるもんか!と、フィルは心の中で叫びながら眉をひそめる。
「さあ、フィル。明日に備えてそろそろ寝ましょ。おやすみなさい」
そう言うと珍しくクリスティーナの方からチュッとキスをしてきた。
不覚にもそれだけで、フィルの心はメロメロになる。
いそいそとクリスティーナの隣に横たわり、腕枕をして抱き寄せると、「おやすみ、俺のティーナ」とささやいて甘く口づける。
さっきまでの真剣な考え事はどこへやら、フィルはクリスティーナの寝顔にニヤニヤしながら、いつまでも優しく髪をなでていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます