第32話 至高の息継ぎ

 どうして、どうしてこうなった……


「あの、ごめんなさい……」

「いや、気にしないでください」


 なぜか、俺はアイラと二人で150階層を攻略していた。


 遡ること約10分前――


『雅人、アイラのこと頼んだぞ』

『えっ……俺がですか?』


 牧さんの言葉に疑問符を浮かべると、他のメンバーたちも集まってくる。


『雅人くん。今かなり来てるでしょ』

『いや、そんなことは……』

『おじさん。無理はよくないと思うよ』


 助けを求めて上さんを見るが、首を横に振られる。


『俺も皆と同感だ』

『そ、そんな……』


 確かに、一人で紫冥将に相対してこともあり、精神的な消耗が激しいのは事実だ。

 アイラの護衛を通して、少しの間リフレッシュして欲しいという皆の意見は正しい。

 だからといって、この展開でこれはない。ないが――


『アイラを本気の戦いに巻き込むわけにはいかねぇだろ』


 そう言われた時、返す言葉がなかった。

 そして、今に至る訳である。


「あの……」

「どうしましたか?」

「少し、ペースが……」

「――っ、す、すみません!」


 やるせない気持ちのあまり、アイラが辛そうにしているのが見えていなかった。

 そうだ。こんな状況になった以上、アイラと二人きりでいられる時間を楽しむべきだ。

 それが後の戦いのコンディションにも繋がって来るのだから。


 ただ、何をどう楽しめばいいんだ?


 推しとは基本的に手が届かない存在だ。

 こんな風に二人きりになる場面なんて想像すらしていなかった。


 とりあえず、里香の話でもするか。

 二人の共通の話題といったらそれだ。

 だが、そんなことを話す雰囲気ではない。


 何も思いつかず、とりあえず移動する速度を落とし、周囲を警戒しつつアイラの横に並ぶ。

 

「あの……」

「今度はどうしましたか?」

「皆さんは、大丈夫でしょうか?」


 何だ、そんなことか。

 不安そうな顔をしているから、何かと思った。

 俺は安心させるように笑顔で答える。


「大丈夫ですよ」


 これだけは自信を持って言える。


「だって、皆強いですから」


 特に元ALL幹部の三人はヤバい。認めたくはないが、全員俺より強い。

 聖剣(仮)を持ってして、宮辻さんと木戸さんに勝てるか勝てないか。

 牧さんに至っては、チート武器を使ってもボロ負けするだろう。


 正直、あの場に残った上さんが気の毒で仕方がない。

 きっと今頃、あの三人にヒイヒイ言いながら付いて行っているはずだ。


 それから更に時間が過ぎ、皆の下を離れて三十分くらい経った頃。


 ついに、目的のゲートが見えてきた。


 後はゲートを潜り、次回層のポータルで地上に戻るだけだ。


「お疲れ様です。辛くなかったですか?」


 ゲートをくぐり、ポータルの前で息を整えるアイラに声を掛ける。

 ペースを途中で落としたとはいえ、ハイペースであることに変わりはなかった。

 その中で、こうしてついて来れているということは、やはり里香と同様才能があるのだろう。


「いえ。皆さんにご迷惑はかけられないので……」


 何というか、お世辞ではなく本心からの言葉なのが分かるのがアイラらしい。


「それじゃ、ここでお別れですね」

「そう、ですね……」

「アイラ……?」


 ようやくダンジョンを出られるというのに、アイラの表情は浮かない。


「あの、野田さん――いえ、雅人くん」


 どうしようかと思っていた矢先、アイラは意を決したように真っすぐ俺を見る。

 そして、そのまま俺の手をそっと取った。


「雅人くん。頑張って」

「ア、アイラ……て、手が」

「私にはこれくらいしかできないから。もしかして、嫌、でしたか?」

「そ、そんな訳ない……っ!」

「良かった」


 アイラは朗らかに笑うと、続ける。


「絶対生きて帰ってきてください。約束ですよ」


 その言葉に、俺は首を何度も縦に振った。


         ※※※


 ヤバい、ヤバすぎる……


 アイラが地上に戻り、一人151階層のポータル前で俺は、天井知らずで上がり続ける高揚感を覚えていた。


 かつて、これほど気持ちが高ぶった時があっただろうか。

 あるとすれば、アイラと最初に握手した時。

 だが、あの時の握手はあくまでファンに対するもの。

 今回は、ファンではなく俺個人に対するもの。


 こんな状況なのに、ニヤニヤが止まらない。 

 これ、普通に一人でも紫冥将に勝てるやつだ。


「って、早くみんなのところに行かないと」


 興奮はそのままに、すぐにポータルで150階層まで移動する。

 配信は皆の到着と同時に切ったので、戦況は分からない。

 だが、皆なら必ず大丈夫だ。


「ほら、やっぱり」


 戻ってくると、鎧の至る所に傷や罅を入れた紫冥将を、無傷の四人が囲んでいた。

 ちなみに約一名は息をゼェゼェと吐いている。


「おっ、雅人。戻って来たか」


 額に薄っすらと汗を浮かべた牧さんが、俺を見て小さくを笑みを浮かべる。


「その様子だと、良いリフレッシュができたみたいだな」

「はい。至高のひと時でした」


 おかげで、最初の時より調子が良い。


「雅人くん。準備できてるなら彼と代わってあげて」


 宮辻さんの言葉を受けて、俺は上さんのところに移動する。


「大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に見えるかい?」

「無傷ですから」

「はは、笑えないな。後は頼んだ」


 そう言って、上さんが距離を取ろうとする。


「待ってください」

「何だ。って、カメラ?」


 さっきまでアイラが配信に使っていたカメラを、上さんに渡す。


「今から配信するのでカメラマンお願いします」

「はは、正気か?」

「はい」


 自信満々に答えると、小さくため息をついて上さんは答える。


「……分かった。引き受けよう」

「ありがとうございます」


 配信の設定はできているので後は回すだけと伝え、俺は戦闘の準備に入る。

 さすがに今回はオープニングなしだ。


「皆さん。配信始めるので手、は抜かないでくださいね」

「おいおい、マジか?」

「アイラと何かあったわね。後で問い詰めよ」

「おじさん、まだ頑張るの~?」


 皆、口では文句を言っているが、普通に笑顔を浮かべている。

 これなら大丈夫そうだ。


「それじゃ、憂さ晴らし配信始めま~す」


 英雄の誕生は近い。



 



 



 

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