第6話:闇魔法使い、魔法教えます。

セリアがそう言うと、いざという時に備えていたセリアの従者たちが次々に目の前に現れる。

セリアとルシエルが互いに頷くと2人の右手が黒と白に光ると牢獄の鍵と鎖が砕け散った。


子供達が圧倒する中、セリアは眉を八の字にして子供の前に立った。

「あと...ごめんなさい。少しだけ痛むかもしれないけれど我慢してね。」

そう言うとセリアの手に再度白い魔法陣が浮かび上がる。

「な、なんだよ!!」

子供が叫ぶと亀裂音のような音が鳴り響いた。

「闇魔法が10分間だけ暴走しないようにしたわ。その間に城へ連れて行って。」

「承知いたしました。」



「さあ! じゃあ皆でお風呂に入りましょう!」

城へ着くと、セリアは満面の笑みでそう言った。


しかし、子供たちは一様に顔をしかめ、不安げに視線を交わす。

「俺たちを綺麗にして、どうするつもりだよ。」

「そ、そうよ。どうせ、他国に売るつもりなんでしょう?」

怯えと疑念が交じった声。

長い間、誰からも優しくされたことのない子供たちには、何をするにも不満が付き纏う。


セリアはそんな彼らを見て、ほんの少しだけ目を伏せた。

けれど、次の瞬間にはいつもの柔らかい笑みを浮かべていた。

「そんなこと、するわけないじゃない。」

彼女はそっと膝をつき、目線を子供たちの高さに合わせる。


「私は17年間不幸を感じたことがないわ。それは私の父やルシエル、侍女たちが私を大切にしてくれたから。そして不幸を感じさせないようにしてくれたから。」

「今度は私があなたたちを大切にしたい。」


その言葉に、場の空気がわずかに揺れた。

ルシエルは黙ってその様子を見つめながら、心の奥で何かがほどけていくのを感じていた。

「それでも怖いなら、僕が一番に入るよ。」

ルシエルがゆっくりと上着を脱ぎ、袖をまくる。


「僕も昔、こうしてセリアに無理やり湯に入れられたんだ。闇属性だとバレないように魔法の訓練しすぎて風呂に入ってなかった時があってね」

「ふふっ、無理矢理なんて失礼ね。」

セリアがくすっと笑い、子供たちの肩がほんの少しだけ緩んだ。


「...僕は最後でいい?」

一人の少年が、少しだけ勇気を出して口を開いた。

セリアはにっこりと頷いた。

「もちろん。入らないも、入るもどちらもあなたの自由よ。」

その優しい声に、子供たちはゆっくりと顔を見合わせた。

初めて見る“優しさ”という光が、彼らの心の奥に小さく差し込んでいた。

こうして、闇の牢から解放された子供たちは、

生まれて初めて温もりというものに触れることになった。



全員が風呂に入り、充分な食事を取った後ルシエルが口を開いた。

「早速だが、君たちの魔法レベルを見せて欲しい。」

そう言った瞬間、それまで和気藹々としていた雰囲気が一変した。


「私、魔法怖いの。」

「俺も。何度も人を傷つけてしまった。」

「闇魔法は人を殺す魔法でしょ...」


魔法の話になった途端表情が強張る子供達を見て、ルシエルは立ち上がった。

「そんなこともないよ」


ルシエルが手のひらに黒い魔法陣を浮かばせると、子供たちは一斉に身を引いた。

彼らにとって、闇の魔法とは破壊と恐怖の象徴だ。

しかし、ルシエルの放つ魔力は、不思議なほど穏やかだった。

黒い光が静かに形を変え、やがて小さな蝶となって空を舞う。

その蝶は、薄暗くなった食堂の中をくるくると回りながら、子供たちの頭上を優しく飛び回った。


「……綺麗……」

ぽつりと、小さな少女が呟いた。

ルシエルは微笑んで答える。

「闇はね、怖いだけじゃない。

 何も見えない場所でこそ、光を見つけられるんだ。」

子供たちは言葉を失ったように見つめていた。

闇が人を包み込むように、黒い蝶の群れはふわりと子供たちの肩に降り立つ。

しかし痛みも熱もない。

ただ、ほんの少し“あたたかい”だけだった。


「闇魔法は破壊の力でもあるけれど、

 同時に再生の力でもある。

 闇を受け止めて、形を変えることができるんだ。」


セリアは黙ってその様子を見守っていた。

その表情には、どこか安堵の色が浮かんでいる。

彼女の中にも闇=悪という価値観はあった。

だが今、ルシエルの手の中で闇が命を宿しているのを見て、

彼女の心にも小さな変化が生まれていた。

「魔法は、使い方次第だ。

 君たちの闇は、誰かを傷つけるためじゃなく

 誰かを守るために、変えることができる。」

ルシエルの言葉に、子供たちの間に静かなざわめきが広がる。

誰もが心のどこかで信じたかった違う未来を、

この男が本気で信じていることを、感じ取っていた。

「……もし、本当にそんなことができるなら……教えてください。」

セリアが嬉しそうに微笑み、ルシエルは頷いた。

「もちろんだよ。」


「まずはリザリ」

小柄な金髪の少女が一歩前に出る。六人の中でも最年少だった。

「私は影を操るの。でも上手くいったこと、一度もない。」

リザリは右手を床に向け、小さく呟いた。

「出てきて……」

その瞬間、床から真っ黒な影が現れる。しかし、形を成す前にその影は弾け、消滅した。

残念そうな顔をするリザリとは相反し、ルシエルは微笑む。

「よくできたね。形になる直前まで行けてる。ここからは僕の仕事だ。君が形を作れるように、手伝う。」

今まで褒められたことのなかったリザリはルシエルを見つめ、目を輝かせた。

「はい……」


「次は、カイル。」

カイルは綺麗な青髪を持つ青年で、この中では最年長だった。

牢獄で鍛錬したのか基礎は完璧で、ルシエルの目の前まで瞬歩で詰める。

その手が心臓の上に触れ――極限魔法・心侵を試みるが、魔力量が足りず膝から崩れた。

「俺、魔力量が少ないんだ。でも極限魔法は心侵って刑務官に言われた。」

心侵とは、人の心に入り込み精神と肉体に干渉する危険な極限魔法。ゆえに膨大な魔力と繊細さを要する。

「心を支配できる者は、心を救うこともできる。大丈夫。基礎が正確な君なら、支配ではなく伴走に変えられる。」

カイルは落ち込みながらも、わずかに顔を上げて頷いた。


「次にローヤ」

呼ばれたローヤは、白髪の美少女だった。自信なさげに猫背で前へ進む。

「私は魔法が使えません。生まれてから一度も。」

刑務官に酷く暴行されたのだろう、体の傷は他の子より酷い。

ルシエルが額に手を当て、魔力の流れを探る。

「魔力がないわけではない。とても静かで、受け皿が透明なだけだ。」

ローヤの瞳が揺れる。

「魔力があっても、使えなくっては意味が……」

「そんなことない。何も持たないなら、何にでもなれる。可能性は無限大だ。」


「次、トオリ」

「僕は闇魔法で毒を生成できるって刑務官が言ってた。」

茶髪の少年は不貞腐れたまま言う。

「でも、危ないから使うなって言われて、試したこともない。」

闇魔法で生まれる毒は強力だ。時に一帯を巻き込むガスにもなる。

「それは場所を選んで見せてほしいね。ここではやらない。後で個別に。」


「最後にノエル。」

静かに名を呼ぶと、黒髪の少年が前へ出た。前髪に隠れた白い瞳がルシエルとセリアを捉える。

「僕、多分……人を殺してしまう。魔力が強すぎると言われた。」

「魔力を制御できないのは稀なことではないよ。」

ルシエルが額に手を当てる。小さな器には余るほどの魔力が、うねる海のように渦を巻いていた。

「確かに多い。溢れるなら、器を広げればいい。君に人を傷つけない闇の使い方を教える。」


「よし、これで全員だね。」

ルシエルがそう言ってメモを閉じる。

「ねえ、闇魔法師は何ができるの。僕らに魔法を使えるくらいの力量、あるの?」

不満げなトオリが、見下すように言い放つ。

「闇、火、水、風、土――全部使えるよ。」

ざわつく子供たち。

「そうだな……出鼻を折るようだけど、見せた方が早いか。」


ルシエルは床から影を摘み上げ、ふわりと子猫を形づくる。黒い毛並みが瞬き、子供たちの足元をくるりと回った。場の緊張が少しほどける。

そしてローヤの前に立つと、胸元へ手を向ける。

「心繕(しんぜん)――痛みの記憶だけをほどく、心侵の安全術式だ。」

黒い紋が淡くほどけ、ローヤの表情から苦悶だけが消える。外傷はそのままだが、震えが止まった。

「セリア。」

「ええ。」

セリアの白光がやわらかく広がり、ローヤの裂傷が滑るように閉じていく。

子供たちは息を呑んだ。

闇が痛みをほどき、光が傷を癒した。

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歴代最強の闇魔法使い、死刑回避のために闇属性の子供たちを育てます。 望本まて @mate_7non7

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