第24話 小さい棘


「本当にいいのぉ?」


放課後になっても白鳥は、ポスター貼りを青木一人にやらせることを渋っていた。


「いいって。先輩相手にあんだけ啖呵切っときながら、白鳥にもやらせてたらかっこわりいだろ」


青木は苦笑しながら言った。


「その代わり、今日はまっすぐ帰ってゆっくり寝る!いつも風紀委員にこき使われてるんだから、ゆっくりできるときくらいゆっくりしないとなっ!」


手伝ってくれようとするのは嬉しいが、白鳥は他の生徒と接触しないうちに家に帰ってもらいたいというのが本音だ。


「……ありがと。青木」


白鳥ははにかんだように笑うと、鞄を手繰り寄せた。


「じゃあ、また明日」


「うん、明日な!」


青木は手を振って白鳥を見送った。


追いかけようとする者は――いない。


(新たな刺客が出てくんのはなかなかしんどいからなー)


青木は首を回した。

でもこの学校のどこかに、あと4人の死刑囚は確実にいる。


(そもそも死刑になるほどの犯罪者なら、もともと頭のおかしい奴が大半だろうし、その中でBL実験や白鳥、さらには生きることについても興味がない奴もいるんだろうな)


状況を自分に置き換えてみる。


(俺だって母さんや加奈さえいなければ、この世に未練なんて……)


「重っ。何枚あるんだよ一体」


机に置いてあった標語ポスターが持ち上げられた。


「――え」


「白鳥じゃなければいーんだろ?」


見上げるとそこには、


「さっさと終わらせようぜ」


ポスターを手にした赤羽が立っていた。



◇◇◇◇


「お前、本当にいいのかよ?」


放課後の生徒もまばらな廊下を歩きながら、青木は赤羽を見上げた。


「何が」


「だからこれポスター。用事とかバイトとかねえの?」


「ねーよ別に」


赤羽は欠伸を噛み殺しながら歩いた。


「……お前っていつも放課後何してんの?」


興味本位で聞いてみる。


「あ?寮に帰って漫画読んだり、スマホゲームしたり」


「インドアかっ!」


青木は笑った。


「てっきり女の子ひっかけて遊んでるのかと思ったよ。お前、女にモテそうだし。そうじゃなくても彼女とデートしてるとかさー」


「――――」


赤羽は目を細めて立ち止った。


「………?なんだよ?」


数歩先に行ってから青木が振り返ると、赤羽は小さく深呼吸してから青木を見下ろした。


「隠しとくのも違うし、別に疚しいことでもないからお前には言っておく」


「え?」


「俺、お前にはまだ言ってないことがある。俺がこの高校にいる理由に関わる大事な話だ」


「―――?」


「多分、お前と同じだと思う」


「………え!?」


青木は瞬きを繰り返した。


(まさか、こいつも死刑囚?)


3人目の刺客?

ずっとそばで、

ずっと近くで、


(俺と白鳥を見張ってたのか――?)



「俺、実は――」


ゴクン。

青木はポスターを持ったまま構えた。



「………………ゲイなんだ」



「……………」


「……………」


「………は?」




「急げ!今日の部活、顧問来るってよ!」


「マジかよ!?だっるー!」



見つめ合った2人の横を、サッカー部のユニフォームを着た男たちが通り過ぎた。



◇◆◇◆


「お前な……」


赤羽は呆れたようにこちらを睨んだ。


「いつまで笑ってんだよ!ポスターが曲がるだろ!」


「……だって……!何を言い出すかと思ったら……あんな……真面目な顔で……げ……ゲイって……!ぶふうッ!!」


青木は廊下の壁に手をついて、何度目かわからない笑いの波が通り過ぎるのを待った。


「ああ……苦しい……!苦しい……!お前のせいだ、赤羽!!」


「てめえ。マジでいつか殺してやるからな」


赤羽がとても冗談には見えない目つきでこちらを睨んでくる。


「だってあんな深刻な顔で言うからさぁ」


青木はやっと壁から手を離すと、よろけながら目尻の涙を拭きとった。


「何か俺たちの関係を根底から揺るがすことかと思ったんだよ!」


「――――」


赤羽はじっと青木を睨んだ。


「根底から揺るがしかねないだろ。ダチがゲイだって言ったら、ビビるだろ普通」


「まあ確かに、ビビリはする!」


「……そんなに笑うってことは、お前は違うのかよ」


「え?」


「俺はてっきりお前もなんだと思ってた。だから男子校に入学してきたし白鳥といい感じなんだなって」


「ああ……」


(そうだよな。俺も傍から見れば立派なモーホーの一員だ)


「……俺の場合は、ちょっと違うかな」


「違うのか?」


「白鳥が特別っていうか」


(いろんな意味で……)


青木は目を細めた。


「あっそ」


赤羽は視線を落とした。


「ま、俺も男だから見境なくってのはないし、お前のことは一緒にいて楽なダチができてよかったくらいにしか思ってないから、安心しとけよ」


「え?ホント?」


「ああ。お前はそっちの意味ではから」


「マジかよ。俺、ケツ守らなくて大丈夫?」


尚もおどけてみせる。


「………おい」


「ハイ」


「誰がタチだなんて言ったんだよ」


「――え!?まさかのネコ!?」


青木は背が高くがっしりとしている赤羽の身体を二度見した。


「ふっ」


今度は赤羽が吹き出した。


「嘘だ、バーカ」


赤羽は青木の頭を拳で軽くつつくと、ポスターを持って歩き出した。



「………ふう、笑った!」


青木は大きく深呼吸をした。


こんなに笑ったのは久しぶりだ。

逮捕されて以来か、あるいはもっと前からか。



――お前はそっちの意味ではから。



その言葉がなぜか、小さい棘ように心臓に突き刺さっていた。


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