第22話 死刑囚④ 桃瀬飛馬 ⑤黒崎茜


「ごめんね、青木。わざわざ付き合わせちゃって」


「いいって別に。暇だから」


放課後、青木と白鳥の2人は校舎中に風紀委員作成の標語ポスター【服装で笑顔広がるいい気持ち】を廊下という廊下に貼りまくった。


「てかあと何枚あんの?」


1年以上拘置所にいて運動不足の青木はさすがに疲れてきて、並んで歩く白鳥の手をのぞき込んだ。


「ええと……24枚」


「だるっ!」


思わず笑うと、白鳥は申し訳なさそうに言った。


「例の俺に目をつけてる先輩がさ、『お前は風紀委員ながら校則を守れてない不届き者なんだから、ポスター貼りくらいやれっ』って言うからさー。せっかく委員会休みで青木と遊べると思ったのにさー」


白鳥は彼にしては珍しく、唇を尖らせて壁を睨んだ。


「別に一緒に入れるからいいじゃん」


深い意味なくそう言ったつもりなのに、


「ああ、だねっ!」


白鳥はそっぽを向いて話し続けた。



「てかさー、俺は服装はちゃんとしてるんだよ。カーディガンもパーカーも着てないし、腰パンも見せパンもしてないしさ?髪色だけだよ、髪色だけ!」


「……ええとだから白鳥君?いっそのこと黒く染めちゃえばいいのでは?」


もともと漆黒な地毛を通している青木は、口の端を引きつらせた。


「嫌だよ!そこそこの偏差値があって、ちゃんと進学校で、髪型について緩い学校をやっと見つけ出したんだから!」


白鳥は口を真一文字にしてこちらを睨んだ。

どうやら金髪には相当のこだわりがあるらしい。


「てかそもそも、この学校はいろんな髪色の奴がいるじゃん!赤羽なんて真っ赤だし、桃瀬だってピンク色だし、黒崎もグレーだしさぁ!俺だけ風紀委員だから厳しく言われるのって違うと思うんだよね!」


「まあ……それは、なあ?」


(今日はやけにペラペラと喋るな……)


青木は白鳥のよく回る唇を見つめた。


「そのためにわざわざ田舎から出てきてさぁ、独り暮らしまでしてさぁ、これじゃ何のために地元を出て来たかわか――」


青木は白鳥の肩に腕を回し、彼の小さな口を塞いだ。


「わかったわかった。落ち着けよ。全く今日はよく喋るな」


「…………ッ!!」


体育の授業でも同じことをしたのに、白鳥は頬を赤く染めて青木を振り返った。


「え、何。どうした?」


覗き込むと、ますます燃え上がるように真っ赤に染まる。


「だって……」


「?」


押さえていた手を緩めながらのぞき込むと、白鳥は何かを諦めたように肩を落としてため息をついた。


「――本当はさ。どんな顔して、何の話をしていいか、わかんないんだよ。昨日、勢いとはいえあんなことしちゃったから。正直、青木の顔、今も直視できない……」


「――――」


青木は目を見開いた。


(……なんだこいつ。本当にノンケか?BLの才能ありすぎじゃね?)


「こう見えて必死なんだから、突っ込まないでよ。調子狂うって」


「………ああ、もう!」


青木は、手の甲を唇に押し付けて真っ赤になっている白鳥を、ギュッと抱きしめた。



驚いた白鳥の両腕から滑り落ちた標語ポスターが、ワックスでテカった廊下を風に乗って滑っていく。


「あーあ」


思いのほか散らばってしまったポスターを見ながら青木は目を細めた。


「ごめん、白鳥」


「……ふっ」


白鳥が吹き出した。


「大丈夫だよ。一緒に拾――――」


ピンポンパンポーン。


そのとき、校内放送のチャイムが鳴り響いた。



『校内に残っている風紀委員の皆さんは、至急、3階多目的室に集合してください』


「ええ?この学校の風紀委員どんだけ忙しいの!?」


白鳥が校内放送のスピーカーを睨み上げる。



「……もう帰ったことにしようかな……」


「おいおい」


青木は笑いながら白鳥の肩を叩いた。


「ここは俺が拾っとくから、さっさと行ってこいよ」


「はあ。わかった」


白鳥は盛大なため息をつくと、頷いた。


「じゃあね、青木!帰り気をつけて!」


「お前もなー」


青木は片手を上げながら、白鳥が角を曲がるまでその華奢な背中を眺めていた。


(でも授業中も休み時間も俺といて、放課後はみっちり委員会じゃ、他の死刑囚たちはいつ白鳥と接触を図るんだ?ちょっとは焦れよ)


「ん?」


何かが胸に引っかかった。



(もしかしてもう――とっくに接触してるんだとしたら……?)


しかしその思考を邪魔するかのように、



「……んんッ……」



どこからか声が聞こえてきた。



耳を澄ます。


「――――」


何も聞こえない。


当たり前だ。

ここは特別教室の並ぶ廊下だし、授業が終わった放課後はここに用がある人間はいない。


(気のせいか……)


青木は屈みながら床に散らばった標語ポスターを拾い始めた。


「てかなんでこんなに散らばるかね。まるで強風でも吹いたみたいに」


自分でそう呟いてから気が付いた。


「――風が吹いてる……?」


わずかではあるが、廊下には風が吹いていた。


どこかの教室の窓が開けっぱなしなのだろうか。

ポスターを拾いながら近くにある生物室をのぞき込むと、


「……!!」



開け放たれた窓。

揺れるカーテン。


そこには、こちらに背を向けて机に座る長身の男子と、開いた両足の間に座り込む小柄な男子の姿があった。


(あれって……黒崎と桃瀬?)


間違いない。

少し首を傾けた頭はグレーのマッシュカットだったし、彼の脚の間にある美しい顔はまごうことなく桃瀬のものだった。


「んッ……んッ……んッ……んッ……」


黒瀬の足の陰になり口元までは見えないが、桃瀬の顔は明らかに前後しており、それに合わせて、


「あ……やっば……上手……!」


黒崎の顔がゆっくり左右に振れ、息遣いと共に片手を後ろについた腰がくねる。


(こいつら何してんだよ!ここ学校だぞ!)


自分のことを棚に上げた青木は陰に隠れながら、自分の口を両手で押さえた。



「――ねえ、イッていい……?」


黒崎が色っぽい声を出しながら、切なそうに桃瀬のピンクブラウンの髪の毛を掴む。


「……まだ駄目」


桃瀬の長いまつ毛に囲まれた大きな目が黒崎を睨む。


「俺の中でイッて?」


桃瀬はそう言うとすでに脱いでいたズボンを脇に置き、パンツを履いたまま黒崎の上に跨り、机に膝をついて腰を浮かせた。


(ボクサーパンツ!?……いやいや、何驚いてんだ。あいつは男だぞ)


見た目が完璧に女子であるため、そのギャップに青木は瞬きを繰り返した。


桃瀬は自分でパンツを捲ると、黒崎の雄々しいソレを割れ目に導いた。



「……んあッ!」


「ァアッ!」


2人の男が声を上げたのはほぼ同時だった。



(マジかよ……!)


今まさに青木の目の前で、人生で初めて見る男同士のセックスが始まろうとしていた。


「……あ……はッ……んんっ…ぁあッ!!」


百瀬が黒崎の首に腕を回し、腰を上下にしならせる。


「……はッ……ん……んくッ……」


それに合わせて黒崎は前後に身体を揺すり、桃瀬の動きにさらに角度を付けたす。


「あ……黒崎……!黒崎、気持ちい……!」


桃瀬の白い頬が桜色に染まり、大きな目が潤む。


「……ッ!桃瀬……!」


黒崎がたまらないというようにその半開きの唇に吸い付き、舌を入れる。


クチュクチュと互いが互いを吸い合う音と、下半身の抽送の音がいやらしく交差する。



(――これ、ヤバいな……)


青木は夢中で見ながら、ゴクンと唾を飲み込んだ。


(そこら辺のゲイビより全然勉強になる!てか、ぜんぜん観れる!)


ゲイビデオはどんなに男優が若かろうが美しかろうが、一定時間観ていると気持ち悪くなってしまうが、目の前で繰り広げられているこの艶事に関してはなぜか嫌悪感がない。


むしろ――――。


(いや、なんで俺……勃ってんの!?)


見下ろして自分の下半身の変化に慄いていると、



「……ねえ。いつまでそうやって見てるつもり?」


喘ぎ声からはかけ離れた低い声が教室に響いた。


「!?」


慌てて視線を戻すと、黒崎の首に腕を回したままの桃瀬が笑いながらこちらを見ていて、黒崎が睨むように振り返っていた。


「チンコそんなに腫らして。ド変態野郎が」


桃瀬が少し首を傾げながら、青木の股間を見て笑う。


「……混ざる?いいよ、僕らは」


桃瀬が尚も馬鹿にしたように微笑む。


「どうすんの。早く決めて」


黒崎もゆっくりとした喋り方で聞いてくる。


「……ッ!!」


青木はいてもたっても居られずその場から逃げ出した。



「明日もここにいるから」


桃瀬の声が追いかけてくる。


「混ざりたかったらおいでー?」


響く笑い声に走りながら唾を吐く。


「誰が!!」


(白鳥と他の男とは変なことしないって約束したばかりなのに!)


「いや、違くて……!俺はもともとゲイじゃねえ!!」


叫ぶ声と、走る身体に抵抗するかのように、青木のソレは痛いほどに勃ち上がっていた。


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