第3話 早くもライバルが…



「はは。遅刻しちゃったよー。先生まだ来てない?」


白鳥は苦笑いをしながら、ささっと椅子に座った。

シャンプーだろうか、それとも何かコロンをつけているのか。

白鳥からはいい匂いがした。


「来てないよ。大丈夫じゃね?セーフセーフ」


否が応でも緊張してしまう。

青木は口の端を引きつらせながら、いびつな笑顔を作った。


「いやマジで焦った~!俺、ここの高校に受かったはいいけど、実家が離れてて友達とかいなくてさ。独り暮らし始めたばっかりで緊張しちゃって寝れなくて!」


白鳥は笑いながら話し出した。

人見知りとは無縁の人間らしい。


これは近づきやすい。

しかしそれは他の6人についても同じはずだ。


入学したてでまだクラスが慣れあわないうちに、一歩でも二歩でも近づいておかないと。


「あー、ね?」


青木はニヤニヤと白鳥に笑顔を送った。


(落ち着け、俺……!俺には席が隣であるというラッキー以外にも、他の男にはない強みがあるんだから……!)


青木は手を握りしめた。


――他の男にはない強み。それは……


(……俺が生粋の腐男子であること!)


そう。

青木は、年間BL漫画を100冊以上読んでいた腐男子だった。


(ゲイでもホモでもないが、BL展開は網羅している!)


青木は一人頷いた。


(俺がBLのセオリーとロジックの化学反応で、絶対にこの勝負、生き抜いて見せる……!)



「ひとり暮らしだと誰も起こしてくれないしさー」


白鳥が形のいい桜色の唇を尖らせる。


(……ひとり暮らしか。BL展開的には2人きりになる美味しい設定ではあるが、他の男に襲われるというリスクもあるな)


頭の中で必死に計算しつつ、青木はできるだけ自然な表情を作って言った。


「大変そうだなー。俺でよければモーニングコールとかしてやるけど?」


「え?マジ!?神じゃん」


白鳥は大きな瞳を見開いた。


「ああ、いいぜ。俺は寮暮らしだから、時間になれば誰か彼か起こしてくれるだろうし」


首元を掻きながら適当なことを言う。


「えー、マジ助かる。いいの?」


白鳥は目を輝かせると、スマートフォンを机に出した。


「……」


青木はそこで初めてここに連れて来た男に強制的に持たされた鞄を開けた。


(……ある!)


留置所に入った時に没収されたスマートフォンがそこにちゃんと入っていた。


(よし。充電もしてある!)


「LAINのQRコードでいい?」


「おっけ!俺読む!」


白鳥が青木のスマートフォンに自分のを重ねてくる。


(――連絡先ゲット……!)


青木は胸の内でほくそ笑んだ。


席が隣。

連絡先ゲット。

モーニングコールの約束。


他の6人がどんな奴かはわからないが、皆が初対面のこの空間に置いて、自分は今誰よりも有利なはずだ。


このまま放課後のアポまでなんとかして取り付けたいが、いきなり誘ったら警戒されてしまうだろうか。


青木が横目で白鳥の長いまつ毛を見ていると、


「――てか寮ってどんな感じなの?」


白鳥が上目遣いにこちらを見つめてきた。


「え?あ、ああ。狭いよ結構」


自分もまだ行ってないからよくわからない。


「へえ!」


1個下とはいえ、同年代にしてはやけに童顔である白石は、キラキラと目を輝かせた。


「見てみたいな!」


(おいおいマジかよ。1話から神展開すぎんだろ……!)


青木はごくりと唾液を飲み干した。

高鳴る心臓を押さえながら、小首を傾げる。


「あー。別に予定ないし、よければ今日の放課後とか、見に――」


そこまで言いかけた時、


「あ、やっぱり!白鳥だ!!」


前方から声が聞こえてきた。


「え……!?」


白鳥が立ち上がる。


「ああ!!もしかして茶原さはら!?」


駆け寄ってきた男の手と、白鳥の白い手が触れる。


「マジで!?お前、この高校だったのかよ!」


白鳥が先ほどの5倍、目を輝かせる。


「うっわ!懐い!お前、変わらないなあ!」


茶原と呼ばれた男が、白鳥の肩を抱いた。


「よかったー!俺、知り合いいなくてどうしようかと思ってたんだよー!」


白鳥が甘えた可愛い声を出す。


「俺もー!また一緒にバカ騒ぎしようぜ!」


茶原が白鳥を抱きしめる。



(幼馴染……だと?)


青木は目を見開いた。


幼馴染と成長してからの再会――。それはBL展開で言えば王道。


(いや、落ち着け。こいつが死刑囚とは限らない……!)


青木は茶原を見上げた。


「………!!」


茶原は白鳥と抱き合いながら、まっすぐにこちらを睨んでいた。


(――こいつ……!)


青木が見つめ返すと、白鳥の腰に回していた茶原の手が青木の目の高さまでゆっくりと上がり、



静かに中指を立てた。


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