忘却魔女

甘寺らいか

I.旅立ちの魔女と100年の夢

 太陽がキラキラと輝く朝。


 マンハダ帝国の国境ギリギリの小さな山小屋には、十二歳の少女と十七歳の少女、そしてその使い魔が住んでいた。

 十二歳の少女ルナ・マンガク。

 活発で好奇心旺盛なルナは、よく家の一部を破壊する。

 一方で、その姉リアは引っ込み思案で落ち着いている。

 彼女……リアは魔女見習いだ。

 リアの使い魔、サシンは普段は猫の姿をしている。

 ただ、魔術を使えば男性の姿になる事も出来るらしい。


 * * *


「ルナ、おはようなのです!」

「お姉ちゃんおはよ!」


 朝の光が差し込む窓辺で、リアが挨拶をすると、ルナは飛びついてきた。


「今日も魔法の練習するの?」


 リアが笑顔で頷くと、ルナはぴょんぴょん跳ねる。


「頑張って!」

「頑張るのです!」


 二人は笑い合いながら、朝の儀式のように小さな魔法練習を始めた。


「お姉ちゃん、また火花飛ばしてる!」


 ルナが叫ぶと、リアは焦る。


「ううっ、失敗なのです……でも、成長するのです!」


 姉妹の会話は、朝の山小屋を柔らかい空気で満たしていた。

 その時、唐突にドアの外で金属音が響く。


「……まさか、あの音は?」


 リアが恐る恐るドアを開けると、そこには黒衣をまとった老人。

 ――クロ・マークが立っていた。


「ま、まままままま、マーク、さ、様……!?」


 リアは反射的に扉を閉めた。

 しかし、クロは笑みを浮かべながら扉を押し開ける。


「おや、まだ幼い魔女見習いが扉を閉めるのかね」

「いや何の用だよ」


 サシンの小さな声がリアの肩から響いた。

 使い魔のサシンも、クロの登場にすぐに警戒する。


 リアは意を決してクロに向き直った。


「何の用なのです?」


 クロ・マークは静かに息をつき、低く告げる。


「スグシ・ヌーヨの寿命は、あとわずかだ」

「は!? おかしいだろ!」


 サシンが目を丸くする。


「お師匠様が……?」


 リアの声は震えた。

 両親を失い、妹を守るために魔女になった日々の記憶が蘇る。


 クロは続ける。


「助けたければ、《西の魔女》を救え。彼女の命を繋げば、師の命も救える」

「……お師匠様が亡くなる訳無いのです!」


 リアは思わず叫ぶ。

 しかしクロは無表情のまま扉の外へと去っていった。


 * * *


 残されたのは、重い沈黙と、胸の奥に広がる不安だけだった。

 サシンは扉を見つめつつ、リアに声を掛ける。


「リア、どうするんだよ? 多分あのクソジジイ、嘘は言って無いぞ?」

「どうしたら良いのでしょうか……?」


 リアは深呼吸してから妹、ルナの方を見る。


「ルナ、やっぱり……私、行くのです。お師匠様を救うために」

「お姉ちゃん……頑張って!」


 ルナは力強く握った手を離さず、涙をこらえた笑顔を見せる。


「では、ルナは家を守るのです。絶対に無事で居て欲しいのです」

「任せて!」


 ルナは微笑み、リアは微笑みを返した。

 サシンも覚悟を決めた顔で言う。


「いや、急すぎるだろ。でも……絶対、西の魔女を助ける!」


 リアは小さく頷く。


「サシン、頼りにしているのです!」


 二人は山小屋の中で旅支度を整えた。

 魔導書、薬草、護符、魔道具をリュックに入れて背負う。


「いざ、行くのです!」


 リアは声を上げると、サシンも同時にリアの鞄に入る。

 サシンも小さな鞄を体に掛けている。


「《西の魔女》様は……あと一年しか命がないのですか……」


 リアの声に決意が宿る。


「絶対に救うのです!」


 リアの師匠、スグシ・ヌーヨは100年生きる事が夢らしい。

 その夢を叶えたい。

 そんなリアの優しい願いが胸に宿る。

 そして小さな冒険の旅が、今、静かに幕を開けた。


 * * *


「《西の魔女》様の家はどこなのですか?」

「西の方にある大きな屋敷に住んでるらしいぞ」


 その時、リアより少し背の高い少女がリアに声を掛ける。


「あの、貴方も《西の魔女》の屋敷に?」

「えっと……はいなのです」


 その少女は両手を前に合わせて頼む。


「もし良ければ一緒に行かせて! 道、迷っちゃって」

「勿論良いのです! お名前は?」


「私、ウラ・ギール! 絶対に裏切らないよ!」

「わたしはリア・マンガクなのです」


「よろしくね、マンガク!」

「絶対裏切るだろコイツ」


 サシンの言葉は聞かなかった事にして、また進む。


 森を抜け、山道を越え、リアとサシンとウラはついに西の魔女セイラ・スターリーグの屋敷に辿り着いた。


「ここが……《西の魔女》の屋敷なのです……」


 リアは緊張で声を震わせる。

 扉をノックすると、明るい声が返ってきた。


「はいはーい! スグシの弟子のリアちゃん? どうぞ入って!」

「えっ……はい……なのです……」


 リアは思わずサシンの後ろに隠れる。

 中から現れたのは、金髪をなびかせ笑顔全開のセイラだった。


「こんにちは! この前のお礼に、ハーブを持って来ました!」

「あ〜! ウラちゃん、久しぶり! ありがとう、良かったらお茶でも〜」


 セイラはキッチンへ歩きながら続けた。


「あ、よかったらお茶でもどう? クッキーもあるよ!」


 セイラはクッキーを準備した。


「さてさて、まずは自己紹介ね! 《西の魔女》セイラ・スターリーグ! 趣味はハーブ栽培!」


 セイラのペースに乗れなくなったリアは呆然と立っている事しか出来なかった。

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