第6話 嘘はよくないですよ


 少し困っている神父です。


 今、台所に立っているのですが素材が少し足りません。


 何の素材かというと、オヤツを作るために取っておいた角砂糖です。


 意外なことに甘味事情は割と栄えていたりするのですよ、この世界。


 砂糖の生産は何故か常に安定しており、どこかの街ではスイーツの美しさと美味さを競う大会をそこそこな頻度で行われているくらいです。


 なので安価で入手しやすく、このような教会でも購入は可能なのです。


 で、なぜ砂糖の話が出たのかというと…………


「誰ですか、袋に溜めていた角砂糖を食べたのは」


「サーシャ」


「ウヴァル」


「アリシア」


「エンデ」


「ジャック」


「みなさん、押し付けてはいけませんよ」


 すごい連携力を用いてそれぞれがそれぞれに指をさして罪を押し付けていますね。


 しれっと年長のサーシャまで混ざっているので、少し苦笑いになってしまいます。


 ですが、犯人はこの中にいないのは分かっています。


「なるほど、ダリアですか」


「神父様、何でここに居ないダリアが犯人と?」


「そーだゾ!犯人はウヴァル!」


「エンデが貪り食ってたぞ」


「俺じゃなくてサーシャがこっそり摘んでた」


「ジャックのポケットにいくつか残ってる」


 この中で1人だけ真実を言ってるゲームの如く、皆一斉にしゃべっていますが、自分は悪くないと言いたいために庇わず押し付けて嘘をついているのがらしく・・・て愛らしいです。


 ですが、私は知っているのですよ。


「ダリアの事になるとみんな庇いますからね。あの子も愛されて満足でしょう」


 皆がうっと空気を飲むか吐くかどうしようか悩む音が聞こえます。


 ダリアはだ教会に寄付された本を仕舞ってある図書室にこもっています。


 理由は、まあ色々とありますがシャイな性格と見た目を気にしているというのが一番大きいでしょう。


 今でも私に心を開いてくれているか判断がつかないんですよね。


 でも、出したご飯はきっちりと食べてくれるし、年相応に欲しいものを求めたりもします。


 いえ、たまに宝石が欲しいとか何でもいいから死骸が欲しいとか無茶を言うことがありますが。


 ともかく砂糖を欲したという事は、また何かやろうとしているのでしょうね。


 多少の事なら目をつぶれますが、黙ってやるという事は何か事情があるはずです。


「では、ちょっとダリアの所に行ってきます。おやつはまた明日です」


「「「「「えーーーーーー!?」」」」」」


 子供たちの驚愕の声を背にしながら私は台所を出ました。


 かばうためとはいえ嘘をついたのです、これくらいの罰は必要でしょう。


 こつこつと靴の音を鳴らしながら私はダリアのいる図書室へ向かうのでした。












――――――――――












 …………わたし、ダリア。魔女の子で竜の子、そして孤児。


 ちょっと特殊な事情を抱えている私の事情を少し話してあげる。


 さっき言った通り、私は魔女と竜の子。特別な混血故に両親は放浪の旅をしていたの。


 だけど、いつかは終わりが来る。


 つよいつよい戦士がわたしのお母さんとお父さんを殺したの。


 私はお母さんの魔法によって隠されていたから、それを眺めることしかできなかった。


 かたかたふるふると、私はずっと魔法で隠された岩の中に閉じこもった。


 見た目からは全く分からないほど特徴はないけど、竜の血が入っていたから何も食べなくても何とか生きていけた。


 特に苦しいと思うことはなかった。


 でも、心がとても痛かった。


 ずっとずっと、痛みが治るまでそこにいた。


 もうこのままでいい、そのように考えが至った頃に神父さんにであった。


 お母さんの魔法で隠れていた私を、ぱんという音を一つ鳴らしただけで見つけた。


 どういった方法なのか未だに分からない。でも見つかったことは幸運だった。


 神父さんは私を保護し、教会へ置くことになった。


 そんな状況になっても私は特にすることもなく、ただぼーっと過ごしていた。


 この時はまだお父さんとお母さんが死んだことを受け入れいれ切れていなかった。


 魔女であったお母さんから色々と学んでいた。もちろん死の概念も幼いころから学んでいた。


 それでも実際に目の当たりにすると何も考えられなくなってしまうの。


 そんな廃人に近い状態の私に寄り添ってくれたのは神父さんだった。


 何もしない私に対してお節介を焼いてくれて、ぼーっとして動かなかったわたしを介護してくれた。


 ごはんを食べさせてくれただけじゃなくて、その、お下の世話も…………


 なんか妙に慣れていたのも気になるけど、このわたしがここまで成長できたのは全部、神父さんのおかげなの。


 なので、お礼のために役立つ者を召喚します。


 砂糖をたくさん、塩と小麦、そして生肉を少々、あとは鳥の羽をたくさん。


 これで私は使い魔を作り出す儀式の準備を終わらせた。後は創造するだけ…………


「ダリア、入りますよ」


「おっひゃわぁ!?」


 びびびびび、びっくりした!おかしい、この図書室は強固に結界を張っては入れないようにしたのに!


「しししししし、神父さんどどどどどどどうしたの?わわわわわわわ、わたし、なにもししししししてないよ」


「こちらが驚くほど動揺していますね。何をしようとしていました?」


「なななななんあなななな、何のこと?」


 どうしよう、完全にバレてる。


 わたしが砂糖と肉を勝手に盗った事は黙ってといってたのに、他の子たちはしゃべっちゃったの!?


 あわわわ、どうしよう、没収されちゃう。


 神父さんは盗みとかは許してくれないタイプだし、じっとりと説教するタイプなの。


 スカートの端からぴょこんと出た尻尾を股にはさんで小刻みに震えるが、ここで私は一つの素晴らしいアイディアを思いついた。


 さっさと儀式を終わらせたら物がなくなるから勝手に盗った事実をかき消せるのでは?


「きしましきしまし、ぐるぐるつくりて、みをこがし、ちんとあれ」


 本で学んだ呪文を唱え、あらかじめ敷いていた魔法陣に魔力を込める。


 ただの魔力じゃない、私の魔力は魔女と竜の混血が持つ特殊な魔力。


 下手に漏らせば草木は変異し、生物も大きく影響を及ぼす。


 だが使い魔を通して接するのであるなら引きこもっていても手伝いをすることは可能なの。


 神父さんが対応する前に魔法陣を通して素材を変異、融合させて使い魔を…………


「やはり、ですか」


 焦げ臭いにおいが図書室に広まる。


「たしかに錬金に関わる書物で動物を生成するというのはよくある話ですが、それが上手くいくというのは相当条件が揃わない限りありえないんです」


 神父さんは錬金を嗜んでる。たまにスープの素を作る時に使っていたり、小物を修理するための素材を作り変える時にも頻繁に使っている。


 だから、経験はわたしよりも圧倒的に上。


 焦げ臭いにおいにつられて魔法陣を見る。


 何か、真っ黒の隅になった個体が転がっていた。


「突発的な錬金は無謀なんです。場合によっては爆発していたかもしれませんので、黒焦げになるだけでよかったです」


 わたしは神父さんの言葉で力が抜けた。


 用意した素材は全て炭になり、役立たずとなってついえてしまった。


 そして、神父さんの言葉を反芻し、ようやく自分が相当な無茶をやらかそうとしたことに気づいた。


「命の誕生とは、生命の神秘もしくは神の奇跡にのみ成り立ちます。人間が新たな生命を作り出そうとするのは冒涜でしかなく、不可能の域にあるのですよ」


 ぷるぷると震えるわたしを神父さんは優しく撫でる。


「何事も失敗から学びます。ダリア、君は賢い。この失敗を学び、何が禁忌であるか知り、そして理性を学ぶのです」


 そう諭す神父さんにわたしは涙目になりながら頷いた。


 こんなに怪しい方法に手を出した私も相当疲れていたのかもしれないけど、それを言い訳にして見なにも迷惑をかけたんだから、そのまま泣くことは許されない。


 何かするときはもっと慎重にしよう。誰かのためとは言っても、わたしが天才だとしても特別だとしても簡単に出来るって油断はもうしない。


「では、これの片づけはきっちりとやってくださいね。あと、後ろで待っている子たちへの対応も任せましたよ」


「え」


 ぽん、とわたしの頭に手を置いてから神父さんは図書室を後にした。


 何を言っているか分からなかったが、神父さんが出て行く扉を見ると隙間から複数の目がこっちを覗いているのに気づいた。


「え、み、みんな?何があったの?」


 なんか眼光が鋭い皆に恐る恐る尋ねてみる。


「…………おやつ抜きになった」


「あっ」


 私のせいでおやつを作れなくなったから、みんなのおやつが無くなったことに気づいた私の顔色は青くなっていたことだろう。


 どうしよう…………この状況。


 あ、神父さん、謝るからちょっと助けて、神父さん、神父さーーーーーん!

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