第5話 読みましょう
俺はウヴァル、元貧民街の孤児で今はこの教会に住んでいる。
自己紹介がてら、俺の過去を少しおさらいしておこう。
貧民街ってのは、まあ言ってしまえば国の闇ってやつが生み出したロクな職にありつけない奴らが集まった街だ。
俺はその街で生まれ、ここに来るまでは盗人として過ごしていた。
両親は俺を産んである程度の知識を教えてくれたはいいが、どちらも世間的にはクズな人間で、俺に盗みを覚えさせてよく利用しやがった。
子供に泥棒をさせるというのは、責任を押し付けても軽い罰で済むからだ。
ま、しくじったらボコボコにされて嫌だったが。
…………俺は今まで盗みに失敗したことは最初の数回と最後の一回を除いて失敗したことはない。
それは何でかって?
俺は、人の心が読めるんだよ。神父様に言わせたら「ちょーのーりょく」ってやつらしい。
何でそんなことを知ってるのかは分からないけど、他のみんなはそんなことがないから俺だけの力ってやつだ。
人の心なんて見たくないのに、嫌というほど読めるってのは面倒なんだよ。
だって、殆どの奴らは金やら異性(やわらかい言い方)で一杯、自分のことばっかり考えて他人を見下す、少なくとも貧民街はそうだった。
もちろん例外もあるけど、そういう人はだいたい偉い人だったり俺のようなガキが手に届かない場所にいる人くらいだ。
何故知ってるかって?貧民のガキでもパレードとかは遠目で見れたからな。
そこで見たけど、綺麗な心の持ち主っているもんだなと初めて知れた。
気づいたら両親がのたれ死んで、俺は孤児になっていた。
死んだ理由?聞かない方がいい。
そこからは泥棒として何とか食い扶持を稼いで生き延びてきたんだ。
で、神父様に会った。
2年前の話だ、俺はここに教会があるからって一応貧民街で権力をちょっと持ってるクソ野郎の元で盗みに入った。
夜中だったから寝静まってると思ってたんだ。
普通に神父様起きてた。しかもなんかゴリゴリと乾燥させた謎の草をすり鉢で潰していた。
もうこの時点で割と訳がわからないけど、とりあえず気配を消して金目のものを盗もうとしたんだ。
『こんばんは、どうされましたか?』
めっちゃ普通にバレてたんだよな。あの細い目で見てるのか分からないはずなのにしっかりと位置を細くされていた。
心の声で神父様の位置を把握して逃げようとしても、何でか神父様の心の声は聞こえなかった。
実は人間じゃないのか?そう思って足がすくんだ隙にあっさりと捕まってしまった。
で、なんやかんやでここに住むことになった。
そこを説明しろって?だって、神父様が呼んだ憲兵に囲まれて逃げずに待ってろと言われて待ってたらさ、急に孤児院に住むことになったんだよ。
1日も経ってないのに、色々と丸め込んだのだとか?
マジで意味が分からない、神父様は何者なんだよ?
あの時に俺を取り囲んでいた憲兵も滅茶苦茶怪しんでいた。心の声駄々洩れだったし態度にも出てた。
そんな怪しさを今でも保ち続けてるのは。はっきり言って才能だと思うよ俺。
たまに怪しそうな人もやって来るし、そういう時もあまり心を読みたくないけど、こっそりのぞいて楽しんでいる。
なんて言うんだろう、スリルってやつ?
あんまり褒められたことじゃないけど、盗みという犯罪をするよりも他人の秘密や心境を合法的に盗るのが楽しくなってきている。
だって無料で法を犯さず良いもん貰えるだぜ?気づいたらすっかりはまってしまった。
今日も神父様のところによく通ってくる憲兵がやって来る。
顔は怖いけど、なんかこの教会をよく利用してる奴だ。
最近はあんまり会えてなかったけど、こっそりと窓の外から覗いて…………
『はあ、はあ、神父様の粉が無いとやってけねえよ!くれよ、あの粉!』
……………………………………………………
や、ヤバい、神父様が違法稼業やってるーーーーーー!?
――――――
どうも、粉をおすそ分けする神父です。
いきなり何を言ってるか分からないかもしれませんが、実際に知り合いに粉を湧けているんですから言葉通りなのです。
何の粉ですかって?
「その粉で作るスープでうちの息子が喜ぶんだよ。やっぱ、神父様のところが一番だ!」
「おやおや、そう言ってもらえるとと嬉しいですね」
「うちでもさぁ、妻が再現しようとしてるんだけど失敗ばっかするんだよ。どうしても塩が多くなって飲めたもんじゃない」
「でも、飲むんでしょう?」
「まあ、残すと怖いからな…………」
ここによく通ってくれる憲兵さんにおすそ分けしたのはスープの素となる粉です。
そう、人呼んでコンソメの素。
いやあ、これを作るのは苦労しましたよ。
この世界の食は基本的に大味ばかり、濃ければ良いという風潮がありましてね。
こってりしたものが美味しいと油まみれで焼いた肉に胡椒をどばーっとかけたものが主流なんです。
太るか筋肉質にもなりますよ、この食生活。
繊細な味が食べたい、薄味で細やかなものが食べたいと私が考えた結果、私自身が動くしかないという選択になりました。
だって、当時の私の周りにはバカ舌しかいませんでしたから。
大酒飲みにスパイス中毒、太っては痩せてリバウンドを繰り返す
ほら、消去法で私が何とかしないといけなくなったでしょう?
「しっかし、ホント手が込んでるよ。コツとかあるのか?」
「やっぱり、自家栽培ですよ」
「ふぅん…………自分で小さな畑でつくるたぁ、こってるなぁ」
憲兵さんも関心して頷いてくれました。
彼は私の周囲で滅多に居ない、割と無条件で私を信用してくれる人です。
顔が怖いのが難点ですが、威圧効果が抜群なので長所でもあるでしょう。
事実、彼は結婚出来ていますからね。私や同僚たちとは違って。
「へへ、この粉があればしばらくやっていけるぜ」
「奥様にもふるまってあげてくださいね。それと、いつもの件をお忘れなく」
「あたぼうよ!これだけよくしてくれるだから、皆も頼ったらいいのになぁ」
隣人をあまり疑わないのもどうかと思いますが、彼の素直さが心にしみます。
人は顔ではありません、心です。私はこれを世間に訴え続けたい。
目当ての物を受け取った憲兵さんは機嫌よく協会から出て行きました。
彼に配ったことで作りすぎて余っていたコンソメの粉もそこそこ減りましたね。また新しい野草を摘んで次に備えなければ。
おや、あそこでウヴァルが窓ごしに私を覗いていますね。
「どうしましたか?」
口を器用にひし形に開けて硬直したウヴァルの元へ行き、窓越しに話しかけてみます。
しかし、何を目撃したのか動きませんね。もしかして、教会内に幽霊でも発生しましたか?
「…………く」
「く?」
「クスリ…………やってんのか?」
え、何で薬?もしかして憲兵さんをヤクザか何かと勘違いしてる?
確かに彼は顔が怖いので間違えられることもあるので誤解は解いておかないといけませんね。
「彼はれっきとした兵士の方ですよ。しっかり国に仕えて清く正しく生きてますよ」
「は、本当に?」
「ええ、本当です」
ウヴァルは心を読める超能力者です。私の心を読んでくれたら理解してくれるでしょう。
この後、しばらくウヴァルは硬直したまま動きませんでした。
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