第6話 Blue Shift2

【ミナは傭兵カヴィア・ラオと出会う】


 朝7時、グラナイト・ヴァウに赴いたミナを迎えたのが、四輪駆動のジープとその前に立っている女性兵士だった。身長は低め、160あるかないか程度。けれども全身にしっとりとした筋肉がついていて立っている時の姿勢とバランスがいい。上半身に防弾チョッキを、下半身にはミリタリーパンツとブーツを合わせた浅黒い肌の女性が屈強な中年兵士と談笑していた。髪も黒、恐らくは長めからボブスタイルの髪を、高い位置で一まとめにしている。彼女の律された力強い背中から、柔らかく丸みを帯びた顎のラインが見えた。きっと美しい。そう期待してミナは彼女の背中に声をかける。「ハロー?」

 振り返った彼女を見て、ミナはため息を吐きそうになった。水晶の様に大きな目。黒く輝いていて、日の明かりがハイライトとしてその潤んだ眼球を照らしている。深い彫を持った二重の美しく勇壮な女性だった。浮かびそうな足を叱咤しつつ、足早に彼女に近づいた。もう誰にも取られたくないと思った。


「カヴィア・ラオ?」


 彼女の名前を呼んで、手を伸ばす。微笑んだ顔がまた素敵だった。不敵で自信に満ちている。太い眉もまたそれを演出している。彼女の手が自分の手を握っている。なんて素敵な日だろう、とミナは感じている。それを必死に押し隠しながら。


「ミナ・クレーバーさん?今回はよろしく、いい旅になるといい。カヴィア・ラオです」


 力強い手だった。その生きている暖かさが即座にミナから離れ、後方に立つ男性に向けられた時、微かな嫉妬を感じた。彼女は輝く様な笑顔を彼に送っている。そうしながら言った。


「健やかで、ダグラス。貴方と過ごした時間はいい時間だった」


 そう言いつつ、ジープに乗り込んでカヴィアはキーを回す。ジープが震えてエンジンが回転を始めた。揮発する油の匂いがあたりに立ち込めたので、ミナは思わず口元を覆う。二人にミナは見えていない。ダグラスと呼ばれた眼帯姿の男が、右の義手で彼女の手を取った。


「あとは心配するな。お前の遺品はしっかりと管理する。安心しろ、俺もすぐに行くから」


 そこにミナは存在しなかった。カヴィアもダグラスと呼ばれた男も、恐らくは二人だけに通じるなにかを互いに交流させていた。例えば目で。例えば呼吸で。それがどうにも気に入らなかったから、ミナは当てつけの様にジープの助手席に乗り込んだ。震えるジープの運転席に座るカヴィアが何事もなかったかの様にミナに問う。


「で、何処に行くの?」


 男だったら喚き散らして断罪していた無知の罪を、ミナは自身の信仰に免じて許す。カヴィアはそれほど美しいのである。


「レッドサイド地区。フラッフィーマンション」


 ◇◇◇


 ドームから一歩外に出ればそこには荒野が広がっている。基本的に他の街、ドームを設置できる地域への移動は列車が主だ。自動車による移動はモンスターの襲撃が考えられる為推奨されていない。だから道路なんて設置されていない。あるのは命懸けで違法な物を運搬する反社会勢力が作った砂の轍、その砂の轍の上をカヴィアの運転するジープのタイヤが押し固めている。屋根のない形のジープは恐らく社用車だろう。ミリタリーの意匠を凝らした無骨なデザイン、それはミナの好む世界ではない。けれども隣には美しく力強い女性が居る。女性の理想が形になったような女性戦士が。


「大変な仕事ね」


 流れる髪をかきあげながらミナはカヴィアに言った。「私にはとても無理」

 運転をしながらカヴィアは微笑んだまま少し考えている。そして発する。

「どうしてそう思ったの」


 車体が右に大きく跳ねた。物ともしないカヴィアと右に投げ出されバランスを崩した自分の肉体を恥じてミナは座席に設置されている取手を強く掴む。


「だってさっき、死ぬ準備をしてた」


 ミナの寂しそうな声を聞いてカヴィアは笑い出した。口を大きく開けた爽やかな笑い声だ。


「なんで笑うのよ」


 私は心配したのに、それを覆い隠してミナも恥ずかしそうにはにかむ。


「あれは儀式みたいな物。ああやって出発すると生存率が上がる。験担ぎだよ。絶対じゃないけどね。それにギルドに所属するって事は命を捨てるのと一緒。最小限の荷物を持って、無くしたくない物は信頼できる人に預ける。そうしたら心配事が減ってパフォーマンスが上がる」


 やっぱり不思議だからミナはそれを知ろうとする。知りたいのはカヴィアの事、彼女の健やかさの本質を明らかにするため、そして彼女に少しでも自分を印象付ける為にミナは質問をする。質問はつまり愛の兆しであるから。


「死ぬ事が前提じゃない。怖くないの?」


 笑みを抑えて遠くを見たカヴィアが潤んだ目をまつ毛に伏せながら答えた。


「怖いよ。でも、なんだろう。この仕事には精神的な充足があるんだ」


 充足。彼女の横顔を見ながらミナは自身を省みる。自分にとって満ち足りるとは一体なんなのだろう。


「怖いし、痛い。辛い。でも、ドームの外を見て、色々なモンスターを見てそれに対処する。どうにかモンスターを倒したら言われるんだよ、ありがとうって。その言葉だけで全てが誇らしくなる。恐怖に負けず任務をこなした事や、Dutyを裏切らなかった事。その全てが自分を強くしてくれる」


 理想を語るカヴィアの目は輝いたまま前を見ている。思わず視線を外してしまった。風が強いせいだとミナは言い訳をする。そして考える。自分は最近誰かに感謝しただろうか。誰かに感謝をされただろうか。ミナの中に沸いたこの考えは、彼女の深い何かを突き刺す痛みを備えていた。カヴィアの侵されない健やかな美しさが、ミナには眩しい。苦しいほどに眩しい。


 素敵ね、と突き放す様に会話を切って、別の話題に変えた。こんな健やかな女性はミナの認知の中に存在していない。思い出すのは母の姿、無関心な父に毎日疲弊していた母の哀れな姿。


「でも、親御さんは心配しない?こんな若くて素敵な女性が、危険な任務に従事してるなんて」


 薄い雲が流れる荒野の空を一瞬見たカヴィアが微笑んで答える。


「母親には反対された。五人兄弟の一番下だから、兄達からも。でも飲んだくれの父だけが私を応援してくれた。父も負傷兵だから」


 飲んだくれの父親。こんな完璧な共通点が見つかったのに、ミナには彼女が自分と同じ女性だという事が理解できない。女性は不幸なのだ。女性は弱く守られるべきなのだ。なのに彼女は、世間が不幸と断じる全てを不幸とは捉えていない。


「誇り高く生きろ、が父の教え。もう死んでしまったけど、父の言った事は私の大切な人生の指針になってる。義務、誇り、仲間を大事にする事、時には私情を捨てる事。碌でもない酔っ払いだったけど、カッコいい時は本当にカッコよかったんだ」


 今度は照れた様にカヴィアが笑った。そしてカヴィアは何かに傷ついたミナの横顔を発見する。カヴィア・ラオは誠実に父の教えを実行する。仲間を大切にしろ。仲間はお前の背中、お前の手足になる。お前が誰かの手足である時、お前にも必ず手足が存在する。


「記者だってすごい仕事だよ。私は勉強が出来ないから、貴女みたいな職業の人を尊敬してる」


 止めの様な言葉がミナの胸の奥を貫く。勉強が出来た。本当に勉強が出来て賢かったなら、私はセンチネルかワールドクロックに就職してた。でも現実はタブロイドの三流記者。これ以上傷つかないために、ミナは静かにカヴィア・ラオを自分の世界から締め出した。職務、職務ね。鼻で笑うのは失礼だと思ったから顔を逸らす。じゃあ私も、仕事のために貴女を使うわ。


 息を吸って顔を作った。笑顔でカヴィアに声をかける。


「ところで、フラッフィーマンションは初めて?」


 やっぱり薄らとした笑顔を崩さず、カヴィアは答えた。


「二、三度、行った事はある。今回は取材でしょ?地下層はモンスターの巣になってるから、そこに踏み込まなきゃ大丈夫だよ」


 職務。ミナの目は遠くを見た。私はこれから世界を変える。銃や暴力ではなく言論で。G・Vの謎を解いて闇の世界に光を当てるのだ。私にはそうする義務がある。

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