のんびり暮らすはずが、隣人全員チートでした ~仕方なく俺も覚醒します~

妙原奇天/KITEN Myohara

第1話 平穏、爆散。

 ――俺は、ただ静かに朝飯を食べたかっただけだ。


 パンを焼いて、スープを啜って、畑を眺める。

 その繰り返しこそが、俺の理想だった。

 王都の喧騒に疲れ果て、地位も財産もすべて捨ててここ辺境〈ウィステリア村〉に来た。

 人が少なく、魔物も出ず、空が綺麗で、風が静か。

 ――少なくとも、三週間前まではそう思っていた。


 なのに今朝の空は――燃えていた。


 燃える空。悲鳴を上げるドラゴン。

 俺の家の隣から、いつもどおりの地獄が始まった。


「リオくーん! ちょっと手伝ってくれぇーっ!」

 腹の底から響くような声。隣人のガルドだ。

 この村一番の農夫であり、スキル《豊穣》の持ち主。

 ただし、その能力の範囲と副作用をいまだに理解していない。


「今度は何だガルドさん!?」

「ちょっとドラゴンがな! 畑を耕してくれてるんだが!」

「いや、それ災害だろ!!」


 慌てて外に飛び出した俺の視界いっぱいに、黒い影が蠢いた。

 ガルドの畑の中央で、翼をバサバサさせながら、ドラゴンの雛が転げ回っていた。

 火を吹きながら、まるで地中から掘り出された大根みたいに。


「お前の“豊穣スキル”、また暴走したのか?」

「いや、ちょっと“収穫率二百倍”を重ね掛けしてみたらな! 作物どころか神獣が育っちまった!」

「お前それ、神の怒り案件だぞ!!」


 俺は水桶を持って走る。

 火の粉が舞い、畑の麦が次々と黒焦げになっていく。

 どう見ても平穏じゃない。どう考えても地獄だ。


「ガルド! 尻尾が燃えてるぞ!」

「大丈夫だ! そのうち鎮火する!」

「そのうちって言うな! 現状燃えてるんだよ!!」


 そして、ドラゴンの火が弱まるのを待つ間に――

 ドォンッ!


 今度は反対側の家から爆発音。

 俺は振り向きざまに叫んだ。

「今度は誰だぁ!?」


 炎の中から現れたのは、筋肉の塊みたいな男。

 村の鍛冶屋、ジーク・アルマード。

 彼は嬉々として、黒く輝く剣を掲げていた。


「見ろリオ! “竜鋼”を練成できたぞ!」

「それ、今燃えてるドラゴンの素材じゃねえか!!」

「おう! 拾った!」

「拾うな! それまだ生きてる!!」


 彼の家の屋根は吹き飛び、空が赤く染まっていく。

 朝の風に混じって、金属と焦げたパンの匂いがした。

 俺の朝食、完全に終了。


「平穏に暮らしたいだけなんだがな……」

 俺は呟きながら、もはや見慣れた光景に頭を抱えた。


 この村の問題は、“隣人が全員おかしい”ことだ。

 ガルド(農夫)――天候操作+成長促進+たまにドラゴンを収穫。

 ジーク(鍛冶屋)――炎属性強化+耐熱+素材同化。

 そして、もう一人。


「おはようございます、リオさん」

 透き通るような声がした。

 丘の上から歩いてくるのは、薬師のソフィア。

 白いローブに身を包み、手には小瓶をいくつも提げている。

 彼女だけは唯一の常識人――と、思いたかった。


「朝から賑やかですね。今日も平和です」

「どこがだよ! 空が炎色なんだが!」

「まあまあ、落ち着いてください。亡くなった鶏を蘇生しておきましたから」

「鶏!? おい、それ死者蘇生スキルだろ!? そんな軽く使うな!」

「でも、朝食に必要でしょう?」

「やめてくれ! 食欲が死んだ!」


 この三人――俺の隣人たちは、いずれも王都でも伝説級のスキル持ちだ。

 それなのになぜか、こんな辺境の村に移住してきた。

 曰く「静かに暮らしたい」らしいが、静けさの定義を根本から誤解している。


 ――そして、唯一スキル無しの俺が、一番苦労している。


 王都時代、俺には“何の適性もない”と判定された。

 魔力値ゼロ、体力も普通。

 スキル鑑定の水晶が“無色”で光らなかったのは、俺ぐらいだった。

 だからこそ、平凡を選びたかった。

 努力しても報われないなら、せめて“静けさ”ぐらいは自分で守りたかったのだ。


 ……その結果が、これである。


 燃える空。

 暴れるドラゴン。

 蘇生された鶏。

 そして、破壊される俺の庭。


「平穏……返してくれ……」


 頭を抱えた瞬間、耳の奥に小さな鈴のような音が鳴った。

 同時に、世界が静止したような錯覚。


《スキル《共鳴》が発動しました》


 なに? 俺、スキルなんて持ってないはず――


 視界の端で、光が螺旋を描いた。

 ガルドの豊穣の緑、ジークの炎の赤、ソフィアの癒光の白。

 それらが線となって交差し、俺の胸元に流れ込んでくる。


《隣人たちのスキルを同調中……》


「ちょ、ちょっと待て! 俺そんなつもりじゃ――」


 眩い光が世界を呑み込み、空気が一瞬、凍った。


 ――静寂。

 鼓膜が破れたのかと思うほどの静けさ。

 そして次の瞬間、轟音が走る。


 地面が裂け、空が爆ぜた。

 村の中央に巨大なクレーターが生まれる。

 家々は倒壊し、ドラゴンは空高く吹き飛び、蘇生された鶏が空中で「コケェ!」と鳴いた。


 俺の意識は、そこで途切れた。


 ――


 次に目を覚ましたとき、見慣れた空が広がっていた。

 炎は消え、風は穏やか。

 俺の体には傷一つない。

 ただ、周囲が――更地だった。


 ガルドの畑も、ジークの工房も、ソフィアの薬草畑も、きれいさっぱり消えている。

 そして、三人がぽかんとした顔で俺を見ていた。


「リオ……すげぇな……」

「お前、何したんだ……?」

「まさか、あの光……あなたの?」


「……いや、俺、パン食ってただけなんだが?」


 誰も信じてくれない。

 誰も、俺の“平凡”を認めてくれない。


 気づけば、村の長老が駆けつけてきて、地面に膝をついた。

「あなたこそ、古文書にある“共鳴の賢者”……!」

「違います! ただの隣人被害者です!!」


 その声も届かず、村人たちは歓声を上げた。

「救世主が現れた!」

「リオさま万歳!」


「やめてくれえぇぇぇ!!」


 俺は頭を抱え、崩れ落ちた。


 ドラゴンの影が、再び空を横切る。

 燃え上がる夕陽の中で、俺は静かに悟った。


 ――俺のスローライフ、終わった。

 ――平穏の終わり、開幕。

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