知りたくなかった!

Yukl.ta

前編

4歳の息子の熱が下がらず、妻と二人で息子を連れて市民病院に訪れた時のことだ。


夕方の病院。僕たち以外にもソファーに並び診察を待つ患者が数人いる。


僕と妻、息子の3人も、院内の待合室のソファーに座り、診察の順番を待っていた。


古い病院だった。

薄暗い通路の電灯は古く、暖色の光は廊下の奥まで届かない。


息子を抱きしめる妻。その顔には不安が浮かんでいる。当然だろう。

「大丈夫。すぐよくなるよ」僕は妻にそう言い聞かせる。


その時。

1人の看護師の姿に僕は気付く。

通路の奥のほうから待合室に向かって歩いてくる。


その看護師は、ソファーに並ぶ患者達の耳元で、何かを囁いていた。


男性に「あと14612日」と。

年配の女性に「あと9850日」と。

肥満体型の中年に、「あと3456日」と。

車椅子に座る老人に「あと569日」と。


奇妙な事に、囁かれた人達は皆、その看護師が見えていないかのように、なんの反応も返さない。


そして、

看護師が、

僕らの元に、やってきた。

ナースキャップから垂れる前髪でその看護師の表情は伺い知れない。


看護師が囁く。

僕にではなく。

妻にでもなく。

妻に抱かれた4歳の息子の耳元で。

「あと3日」


妻は、何の反応も示さない。

ただ熱にうなされる息子を大切に抱きしているだけだった。


看護師の姿をしたそれは。

去り際に。

僕を振り向いた

深く、暗く、真っ黒な瞳が僕を凝視していた。




3日後。

冷たくなった息子の亡骸を抱きしめて慟哭する妻の姿を見て、僕はその数字の意味を知る。


「…そんな日付なんて、僕は知りたくなかった!!」



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