転生失敗先で、俺はきみの夢を見届ける。

よなぞろ

死にました

 病室の天井は、いつ見ても白すぎた。蛍光灯の光が滲んで、まぶたの裏にまで染みてくる。

 呼吸のたび、酸素マスクの中で乾いた空気が喉を刺した。

 空木律は小説家になりたくて、親の反対を押し切って無理やりに、とりあえず上京した。

 けれど、安定した職業につけていないのに新しい環境へ行き、ずっと小説を書き続けていたからだろうか。律はすぐに大きく体調を崩した。そして、それすらも無視して文字とにらめっこをしていたからだろうか。ペンを握れなくなって、もう半年になる。


 それでも、指先だけは時々勝手に動く。まだ書ける気がして、幻のペンを追っているみたいだった。

 机の上で開いたままのノートには、未完成の小説が。

 勇者も、獣人も、魔物も、ファンタジーな律の世界は未完成のまま、終わりを悟って目を閉じていた。

 今度こそ、売れると思ったんだけどなぁ…。

「…ごめんな」


 小さくつぶやいて、律は指先で文字をなぞった。文字は途中でかすれて、消えていく。

 酸素マスクの奥で息が途切れかけ、律は最期を悟って目を閉じた。

 こんな俺を見て、こんな俺の訃報を聞いて、両親はどう思うんだろうか。

 やっぱりバカな息子だと、そろそろ呆れられてしまうのかもしれない。でももしかしたら、上京してから縁を切ったみたいな状態だったから、ざまあみろとでも言われてしまうのかも。

 あんなに、頑張ったのに。

 律は小説家として生きていきたかったわけじゃない。それは目標に到達するまでに必要だと、律が選んだ方法だ。

 律はただ、誰かに自分の世界を認めて欲しかった。文字にしかならなくていいから、自分の世界を作り出してみたかった。

 叶うわけないと言われるほど夢のまた夢の話でも、律は大きな夢を追うのが好きだった。そんな自分が好きだった。

 でも、自分が好きな自分のままじゃ生きられないなんて。なんて悲しい現実。これは結構ジョジョウ的な展開というやつではないか。

 なあ神さま、ここでもっと面白くするなら、俺を転生させたらいいんじゃねーの。

 そんな小言を、もう声に出すのもかなわない。律は力が抜けるようにふっと笑って、意識が抜けていくような感覚に身を任せた。


 耳の奥で誰かの声がした。気がした。


『───であれば、あの子に教えてやってほしい』

 これは神さまの声だろうか。もう一度チャンスをくれるとでも言うのだろうか。

 おう神さま、そのためだったらなんでもするよ。

『あの子にもう一度、夢を見てほしいのだ。あの子の夢の先を見たい。一緒に見届けてほしい。追いかけてほしい』

 もう思考もままならない。律はよく考えもせず、頭の中で返事を返す。

 神さまが珍しく落ちこんでいる。任せてくださいよ神さま。あなたが俺に何をしてほしいのかはよくわからないけど、なんだってするよ。転生のオファー、いつでも待ってるよ。

 最期の最後まで、能天気な頭だと、自分でも思う。

 意識が、緩やかに輪郭を失った。呼吸が止まる。視界の端から、世界が音をなくしていく。

 ベッドの硬さも、身体の重さも、ゆっくりと消えた。

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