Modderがぶっ壊れベータ版ゲームへ異世界転生した件 ~謎技術無双編~

苺味初芽

第1話 仮面のメチャモテ無敵商人爆誕

朝のひんやりとした空気の中、不自然なほど静かな馬車が一台、石畳の馬車道を滑るように進んでる。ハイデン・グリーンウッドを名乗る目元をマスクで隠した青年がメモを書きながら客席に座っていた。


「ハイデン様、いかがいたしましょう?」


彼が目を上げると、道を別の馬車が塞いでいる所に3人の男が小柄な少女を無理やりその少女を載せようとしている所であった。


少女は良く通る声で言った。


「その手を離した方が身のためであるぞ」


鮮やかな赤い髪に、深みのある凛とした緑色の瞳が美しい少女だった。である系少女だ。


目元をマスクで隠しているのを良いことに、ハイデンは忙しく眼前の光景に目を走らせた。


少女をつかんでいた三人の男たちの腕が急にだらりと下がり、少し間を置いて一人一人目の焦点が失われ崩れ、地へと落ちた。


(秘儀!バッド・エイリアン!!!)


ハイデンは心の中で叫んだ。外から見えないように腕をおろしたまま肘から先でガッツポーズを取る。


命名は、グレイなどの悪質な宇宙人が使う、人をの意識を奪う技術があるという都市伝説から拝借していた。


道を塞いでいた馬車に繋がれた馬が、石畳の道を右側による。この技にはまだ名前が無い。


「これで通れるだろう。行ってくれ」


「は、はい。かしこまりました」


御者は目の前で起きたことに大きな疑問を抱いた表情で主人の言葉に従った。この新しい主人は、実は高名な魔術師だといううわさが屋敷内では立ってた。


ハイデンは道にたたずむその少女が、自分を穴があきそうなくらいじっと見ているのが分かった。怯えも見せぬ、意思の強さをうかがわせる視線だ。


目を合わせたら負けである。自分は何も目撃していないという空気をベストエフォートで醸すのがここは正解だ。


彼は以前伯爵領内の別の都市で、伯爵夫人に良くない意味で病的に顔を気に入られて危うく刑に処せられるところだった。平民が伯爵領で伯爵夫人と大人の関係を持つなど、地獄への片道切符でしかない。


それ以来、顔をかくすことにしている。衆人環視の場所で悪目立ちをするなどもってのほかだ。


件の伯爵夫人の件などは、下手をしたら何もないのに噂で処される可能性すらあった。


もちろん検証したわけではないが、そんな子供チャレンジならぬ大人チャレンジをする気はない。それ以来、美女は鬼門だと心得るようになっていた。


あの少女もそれなりの身分だと見えるようで、凝った髪結いに、瀟洒な深い緑色のドレスを身にまとっていた。平民であったとしても裕福なそれであろう。


髪をおろしているから未婚だしても、あれだけの美しさ、婚約者がやんごとないかも知れないのだ。


(我君子ぞ)


一人ごちながらメモを書く作業に戻る。この馬車にはマルチリンク・サスペンションを実験的に搭載しているので、その乗り味の評価をまとめていた。


今は素材を中心とした業態だが、グリーンウッド商会はゆくゆくは多業種へ進出させるために今から試作を出来るものはして、耐久試験などをしている段階であった。


しばらくすると、馬車が速度を落として大きな建物の前に横付けられた。彼のグリーンウッド商会より老舗のアレンキー商会はより帝都の中心に近く、彼の屋敷のように前庭が無い。


おそらく以前はあったのだろうが、商会の発展に伴いかつての前庭に建物が建てられてしまったのだろう。


馬車を降りると迎えの者が恭しく頭を下げる。


「ハイデン様、お待ちしておりました」


ハイデンを迎えた男が促すと、ドアキーパー達がドアを開く。中に入るとすぐに帽子とコートを預け、そのまま奥へと案内される。


以前何度か顔を出した時よりも暫く奥へ進んでいる。


「今日はいつもと別の部屋に呼ばれていますかな?」


ハイデンの質問に男が恭しく答える。


「今日は特別なお客様とハイデン様をお引き合わせしたいと聞いております」


「はは、アレンキー卿もお人が悪いですな」


男は少しハイデンに微笑んで言った。


「秘密にしろとは言われませんでしたので言いますと、特別なお客様がお二人も見えると、主人も張り切っておりました」


そういうと男が足を止め、目の前のドアをノックして言う。


「ハイデン・グリーンウッド様がお見えになりました」


「おお、入って頂いてくれたまえ」


男が開けたドアをくぐると、ハイデンは何度も練習した、軽くはあるが華麗なお辞儀を見せて口をひらいた。


「今日はわざわざお招きにあがり・・・」


後半は絶句であった。ドアを潜ると壁で死角になっていたソファに、あの赤い髪と緑の瞳の少女がツンと澄ました訳知り顔でソファに座していたからだ。


上品さをギリギリ崩さない程度のリラックスした姿勢でソファにくつろぐ彼女は絵画そのものにすら見えたが、ハイデンにはそれどころでは無かった。


馬車で寄り道なく来たのに彼女の方が早くついている。その目は明らかに彼のことを今初めて目にしたわけではないのを分かっている、という表情をしている。


マスク自体が目立つのだ。素顔を見せてもダメ、顔を隠してもダメ。世の中生きづらい。


その少女も明らかに普通の人間ではなかった。厄介な人物に目をつけられたのでは、と彼の中で赤信号が点滅している。


彼が絶句している間に少女はわずかに気だるげながらまるで体重が無いかのように軽やかに立ち上がり、バレエにも思える足取りで彼の前まで来た。


「・・・・・・これはお美しい」


ハイデンは絶句を取り繕って当たり障りのない感想で差し出された手に軽く口づけをする素振りを見せた。


アレンキー卿が満足げな笑みで口をひらく。


「錬金術師のストレリチア・レギナエ嬢だ。君が我が商会に提供している素材を痛く気に入ってね。君が彼女に直接素材を降ろしてあげてくれたまえ」


こちらから目を外さない美少女に彼は内心を悟られないように警戒しながらアレンキー氏に言った。


「よろしいのですか?」


「ああ、彼女は我が商会専任で成果物を卸してくれているのでね。どの道彼女の卸価格が下がれば我々の利益は変わらないからな。それにとても熱心に君に会いたいと言われてな」


アレンキー氏は得意そうに微笑んでいた。若い二人を引き合わせたのは自分だと手柄を主張しているような笑みだ。


少女が口をひらいた。


「先ほどは助けて頂いて、痛み入る」


口元は笑みを浮かべていたが、目は笑っていない。チクチクと攻めて来る。まるでスペインの宗教裁判にかけられた様な気分だった。


「ほう、もう面識があったのかね」


「わたくしが、ここへ向かう途中、素性の分からない者たちにかどわかされそうに」


言葉はアレンキー卿に向けられていたが目はハイデンに向けられていた。


二人の間の緊張を知らずに卿が口を開く。


「それは、それは。悪漢から姫を助けるとは、ハイデン君も隅に置けんな」


「ははは、・・・・・・」


ハイデンの乾いた笑いに被せるようにドアがノックされる。各々の意識がそれて少し緊張がやわらぐ。


「お茶をお持ちしました」


「ああ、ハイデン君もストレリチア嬢もどうぞ掛けたまえ」


ドアが開けられられ、紅茶が配膳される。アレンキー卿の前にはカップが置かれなかった。


ハイデンは嫌な予感がした。


「すまんが、私はこれからでなければいけないのでな。ストレリチア嬢の錬金の成果物をこちらに卸してさえもらえれば、あとは自由にしてくれたまえ。この部屋は二人の商談のために一日押さえてあるからゆっくりしていってくれ」


アレンキー卿がドアを潜りながら、ハイデンに振り向いて言った。


「そうそう、ここを出る時は姫をご自宅までお送りしてくれたまえ、くれぐれもだぞ」


この部屋に入った瞬間に組み立てた、出来るだけアレンキー卿と話してすぐ帰る作戦は儚くもついえた。


少女が真顔でこちらを見てくる。美少女の真顔は最終兵器である。


どんな男でも、真顔でじっと見られたら、何をしたわけでもないのに自分のせいで不機嫌なのかを疑い、床に額をこすりつける土下座をさせてしまう力があるのだ。


沈黙が続く。


彼がわけのわからない言い訳でも言ってこの場を辞す方法を考え始めたたその時、少女は立ち上がり、すぐ横に座った。


「先ほどのあの術はなんだったのだ?」


のだ系女子である。


「なんのことやら・・・・・・」


彼は少女の目の中に在るものを見てあきらめた。ため息をついて紅茶を少し飲む。少しでも落ち着いた思考を得るためにゆっくりソーサーにカップをもどした。


「・・・・・・黙秘権を行使します」


少女の瞳に少し笑みの色が浮かんだ。嘘よりも黙秘の方が好評らしい。


「わたくし、とっても怖かった」


そういうと彼女はしなだれかかって来る。表情は説得力があるが、あきらかに弄られているのが分かる。彼があの出来事の原因だと確信していて、追求する気まんまんである。


(許されたと思ったけど、許されてなかった!!)


ハイデンの心の声が叫んだ。


「そのマスクは外されなのか?」


少女が今にもマスクに触れようとした仕草に急いで手で押さえた。


「しがない旅の行商人のころに、イフリートに襲われまして」


用意していた言い訳を述べる。嫌な汗が背中ににじむ。特に密室なのが良くない。どこかに突破口はないものか。


「ふむ」


もっと追求されると思ったのに軽く流されて肩透かしを食らう。相手が次に何か言う前に、こちらに不利でない条件を引き出さねば。


人は自分にメリットのある所に話の着地点が決まると、基本それを動かしたくなくなるものだ。もちろん、厚かましい人はいる。


「時に、ストレリチア嬢。本日は我が商会の錬金用の素材をそちらに直接卸す以外に、なにかお望みのものがあってこの場を設けて頂いたのですか?」


彼女は立ち上がると自分の居た席からカップとソーサーを持ち、一口飲むとまた彼の隣に座りなおした。


彼の眼をのぞき込むように椅子に掛けながら背を伸ばす。とても近い。


「そなたの秘密を知りたい」


殺し文句である。ドアの近くに控えている給仕がのペアが生暖かい目で見ている。見られているのを分かっていてしなだれかかって来る少女に彼は軽い恐怖を覚えた。


美しい姿で目の保養だけでなく、とても良い匂いとやわらかな感触。


こんな良いものをもらっては要求を断り切れない!伯爵領から逃げてから、ひっそりと誰にも知られずに巨大商会を育もうと誓っていたのに、と彼は臍を噛んだ。


こんな人気のありそうな美少女が知り合いになってしまってはヒッソリもヘッタクレも無くなってしまう。


そしてそう、ある意味彼はもう「いい目を見る」という代金を受け取った状態にあると言っても過言ではなかった。


もちろん踏み倒すという手はあるが、世が世なら倒れた女性の命を助けても犯罪になるのだ。この世界の司法の限界挑むのはハイデンの趣味の欄には書き込まれていなかった。


少女のやわらかを感じながら正面を向いたまま、彼は深く息を吸ってゆっくりと吐いてから聞いた。


「失礼ながら、ストレリチア嬢はご婚約者がおられたりはしませんか?」


少女は少し虚をつかれた顔を見せた。


「いや?」


いると言われればそれを機にお暇をしようと考えたのだが、逆の答えを聞いて少し気が軽くなったハイデンは諦めて言った。


「では、今日は行きつけの場所で昼を外で食べる予定なのでご一緒しませんか。そこなら話せることは話しますので」


マスクの切れる男を演じていたつもりが、思わず素が出てしまっていたのを取り繕うように独り言ちにつぶやいた。


「認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを」

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