周りから大人しいと言われるわたしが、あざとかわいい後輩を食べちゃう話

Laura

プロローグ

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 わたしは元々こういう人間だったのか。


 そんな問いが、頭の奥でとぐろを巻くように、静かに渦を巻いている。


 夜更けのワンルーム――「自立したいから」とお母さんに告げて、ギリギリ許された一人暮らしの部屋。

 ……今となれば、自立どうこうの話じゃもう無くなってしまったけれど。


 薄明かりの中で見慣れた壁紙や安っぽい収納棚が、普段よりも遠く感じられるのは、たぶん――部屋の空気にわたしの知らない熱が混ざっているせいだ。

  

 エアコンの低い唸りと、カーテンの隙間からこぼれる、オレンジ色の街灯の光。そしてその光をやわらかく受け、疲れきって眠ってしまった女の子。

 

 ――わたしの、大切な後輩だ。

 

 頬にかかった前髪を指で払うと、彼女はくすぐったそうに顔を寄せ、可愛く眉を寄せてまた静かな寝息にもどる。

 それだけで、胸が少しだけ痛くなる。でもその痛みは、全然嫌じゃない。

 そんな感覚を自分が持っていることすら、以前のわたしは知らなかった。


 先輩と後輩。

 大人しい先輩と、あざとく可愛い後輩。

 周りから見たわたしたちの関係は、きっとその程度。


 ――だけど、こんな夜を過ごしてしまった今となっては、その呼び方は、あまりにも薄っぺらく感じられる。


 幸せそうな笑みで眠る彼女の寝顔の下。

 透けてしまいそうに白く、滑らかな首筋や体には、わたしがつけた赤い痕がいくつもあって、わたしの背中も服に触れるたびにヒリつき、指先に残るのは、甘い匂いと名前を呼ばれた余韻。


 一度外れた“何か”は、あっさりと戻ってくることなんてなくて、止まることを知らなかった。

 抑えていれば平気だと信じていたはずの衝動は、栓を抜かれた炭酸みたいに泡立って、求めれば求めるほど呼吸するみたいに自然で、気持ちよくて。


 わたしは、そんな自分を叱るみたいに息を漏らす。

 ダメな先輩でごめんなさい。――でも、あなただって悪いところはある。

 人懐っこい声で距離を詰めて、わざとらしく袖を引いて、困らせる笑顔をする。

「先輩は大人しいから、わたしが押さないと動いてくれないんですよ?」なんて、そんな風に「正しい手順ですよ?」とでも言うみたいに。


 ――眠る彼女の指先が、シーツの上でわたしの手を探し当てる。わたしがそっと指を絡めると、薄い爪が軽く押し返してきて、胸の中の泡がまた弾けた。


「せん……ぱい……す……きぃ……」


 ――ほら、またそうやって。

 寝言でもそんなことを言うのはズルいと思う。

 それを言われてしまうと、何もかもが肯定されてしまう気がする。

 

 わたしは、こんな自分がいることなんて知らなかった。

 でも今は、ちゃんと知っている。

 わたしは彼女に触れるたび、少しずつ別のわたしになっていく。

 

 でも、その変化を怖いとだけは言えない。

 だって――あなたが与えてくれたものなのだから。


 今こうして彼女の隣で目を閉じながら思うのは――あの時すでに、“何か”は、わたしの中にいたんじゃないか、ということ。

 ……なんて、答えの出ない問いをいつまでも考えていてもしょうがない。


 今はただ、心地よく波打つ眠気に身を任せ意識を手放す準備をはじめよう。

 瞼を開ける時にはきっと――わたしたちの関係は、少し変わっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

周りから大人しいと言われるわたしが、あざとかわいい後輩を食べちゃう話 Laura @Laura83

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ