第5話 氷ちゃんと呼び捨て


「気になる人。」

目の前で、大河がそう言った。

私はなんのことか分からず、その場に立ったまま

「………え、なに言ってんの」

と言った。

大河はニヤリと笑い、翔と朝間が大河の方をじっと見つめた。

大河は

「そのまんまの意味。

今俺は、芽衣のこと気になってるよ。って。」

と言った。

翔と朝間が

「まじか!大河やるなぁ」

「芹野、早く返事しろよー」

と野次を飛ばしてくる。

私は頭の中で色々考えた。


中学の頃、1度、こんな事件が起こった。

大河にちょっと優しくされてころっと落ちてしまった1人の女子生徒が、ある日大河に告白した。

大河はその告白を断って、もう1人大河に告白してきた女子と付き合ったのだ。

大河とその彼女は、私みたいな陰キャから見てもとても画になって、学年のみんなから応援されるカップルになっていた。

しかしある朝のこと。

大河の座席のイスに、大量の水のりが塗られていたのだ。

大河は誤って座っちゃって、おしりがベトベトになって、クラスの担任が、緊急でクラス会を開いたのを覚えている。

先生が

「これはいじめと同じですよ。

名乗り出てください。」

ってクラスのみんなに言ったけど、結局名乗り出る人はいなかった。

だけど事件からしばらくしたある日、先生が大河を廊下に呼び出して、なにやら話をしていたのを、偶然聞いてしまったことがある。

細かい内容は覚えていないのだけれど、先生によれば犯人は大河が告白を断ったあの女子生徒だったらしいのだ。

大河は性別関係なく、誰とでも話す、コミュニケーションおばけ。

………だと思っていた。

その事件の後、私と麦、翔と大河が一緒に帰っていた時、ぽつりと大河が本音を言ったことがある。

「……俺さ、一人でいる人が、可哀想で…話しかけるんだよ。そうしたらさ、自分にだけ特別って勘違いする人がさ、告白とかしてくるんだよ。これって、俺が悪いのかなあ……。」

当時私は中学一年生で、自分の勉強なんかで手一杯だったから、よく分かってなかったけど、今ならわかる。

大河はきっと、自分の汚い部分を、誰にも見られて欲しくない人なんだって。

つまり、いい子ちゃん。

その気持ちは、とっても分かるし、気になっていると言われて、ちょっと嬉しかったのも事実だけど、やっぱり解せない。

今日1年ぶりぐらいに話したのに、急に気になってる。なんて言われても、意味がわからない。

私は顔を上げて、大河の方を見た。



「………大河、それ本当は思ってないでしょ。」

私がそう言うと、大河の作り笑いが、すこしピクっと反応した。

そして翔と朝間も、まさかの返事に驚いているみたいだった。

「え、何言って…」

「私大河とは長い付き合いだからわかるよ。

大河、本当は自分の本当の姿とか、素とか、みんなにバレたくないんでしょ。嫌われたくないんでしょ。」

そう言うと、また大河の表情が曇った。

「私もその気持ちわかる。誰かに干渉して欲しくないし、本当のことを話して失望されるのは、嫌だもん。」

「……。」

大河は何も言わない。

何も言わずに、私の言葉を聞いている。

「だけど私、大河は私がひとりぼっちで可哀想だから声をかけたんだ。って思ったよ。

昔っからそうだもんね。必死に皮を被るいい子ちゃんだもんね。」

私がそう言った瞬間、大河の顔が、完全に見えなくなるくらい、大河は下を向いていた。

「……芽衣に、俺の何がわかるんだよ…。」

そしてポツリと言葉をこぼした。

私は

「よく知らない。だけど私も人に本性バラして人生苦労した人間だからそうかなって思っただけ。半分勘だね。」

と言ってその場から歩いて去った。

その時、大河と翔、朝間が私のことをじっと見ていた。

だけどその中で、大河と朝間の私を見る目が、翔とは少し違うかったことを、私はまだ知らない。



無事に体育祭のほとんどが終了し、今はお昼休憩中。

私は麦とお昼をサッと済ませて、各クラスの応援旗を見ていた。

どのクラスも味があって面白い。

特に美術授業を選択している人が多いクラスは大作ばかりだ。

私たち特進コースの応援旗の写真をいろんな角度から撮って、1枚ずつ確認していく。

「あ、これなんかいいじゃん」

「なにがいいって?」

そう言って顔を上にあげると、そこには見慣れた顔が。

明るい茶髪で、両耳にピアスが揺れている。

「…あ、朝間!?」

私がそう言うと、朝間はニヤッと笑って

「俺も応援旗見に来た。先輩のクラスのやつがすごいって噂されててさ」

と言った。

たしかに3年生の応援旗で、ひとつ凄く目を引く旗があった気がする。

軽音の3年生のいるクラスのものだったのか。

ギターとか書いてあったかも。

「芹野は?自分のクラスのやつ見てたの?」

「…あ、うん。すごいよね。どのクラスも大作」

「だよなー、あ、これ美雨のクラスのやつじゃん、すげぇー…」

朝間が私のスマホに表示されている大河のクラスの応援旗を見て言った。

「うん、このデザイン大河がやったらしいよ。さっき翔が自慢してった。」

さっき1度だけ翔とすれ違った時、そんなことを言っていた。

「……芹野さ、さっきの美雨に言ってたことだけど…」

「あ、そういや朝間聞いてたんだったな。恥ずかしい」

私がそう言っても、朝間は話すのを辞めずに、私に

「あれ、ぜったい嘘だからな」

と言ってきた。

「……え、なにが?」

私がそう言うと、朝間はハーッとため息をついて、

「美雨が!芹野のこと気になってるってこと!」

と大きな声で叫んだ。

あまりの声の大きさに、まわりの人が私たちの方を見る。

「ちょ、声でかい!大河のファンgirlsたちに聞かれてたらどうすんの!」

「あ、ごめん。

…でも絶対あれはうそ!男だからわかる。」

「…いや、そんなこと分かってるよ。

大河とは中学からの付き合いだしね。」

私がそう言うと、朝間はしばらく何も言わなかった。

その空気が少し気まづくて、応援旗から離れようとした時。

私のことを、朝間が呼び止めた。

「…っ芹野!」

「うん?なに?」

「……俺の事、琉生って呼んでくんないっ?」

朝間の目が、こちらを見てくる。

たしかに考えたら、麦とか翔とか大河とか他の人のことは呼び捨てにしてるのに、朝間だけは何故かずっと朝間だった気がする。

これをきっかけに、ちょっとは悩みが解決されるかも。

私はそう考えて、くるっと振り返って

「いいよ!クラスリレー、がんばろうね!」

と言った。

朝間…じゃなくて琉生は、頭上でひときわ輝く太陽のように、顔をお砂糖のようにくしゃっとして笑った。

その笑顔に思わずつられて、私もめずらしく笑ってしまった。

その時、琉生がポツリと言った。

「………笑顔、やば。」

私は琉生が何を言ったのか分からなかった。

何を言ったの?って聞こうとした時、向こうから麦と翔が走ってきて、

「ふたりともなにしてんの!つぎクラスリレーだよ!」

と呼びに来てくれたので結局聞けないまま、リレーに向かうことになった。


クラスリレーは予想通りスポーツコースのクラスがぶっちぎりの優勝だったけど、うちのクラスはスポーツコース2クラスに並ぶ、第3位だった。

私にとって今年の体育祭は、思い出に残る、とても楽しいものだった。



家に帰って琉生に勇気をだしてメールをしてみた。

「今日応援旗見てた時、なんか言ってなかった?」

琉生からの返事は

「なんもいってない」

だけ。

気のせいだったのかなと思って深く考えなかったけど、まさか琉生の気持ちが、あんなふうになってたなんて、この頃の私は、全く知らなかった。

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